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雪の怪
つらら女房
つらら女房。
つららにょうぼう。昔、軒に下がったつららを鋸で切った男の家に、見たこともない美しい女が訪ねて来て泊めてくれといい、嫁にもらってくれといった。寒い晩だったので、男はその嫁を喜ばそうと風呂を沸かし、いやがる嫁を無理矢理風呂に入れた。すると嫁は消えて、細いつららのかけらだけが湯に浮いていたという。(『世界大百科事典』益田勝実/今野円輔『妖怪篇』)
【シガマニョウボウ】 しがま女房。
「しがま」はつららの事。ある独身男が「シガマのように細くてきれいな女房がほしい」とつぶやくと、その夜やってきて押し掛け女房になった。その女房唯一の欠点は、風呂に入らないことだったので、隣家の奥さんに頼んで無理矢理風呂に入れてもらった所、湯の中にその女房が挿していた櫛が浮いているだけだった。(『広文庫』/今野円輔『妖怪篇』)
【ツララオンナ】 つらら女。
吹雪の夜、色白の美しい娘が夫婦者の住む一軒家に宿を乞うた。翌日も吹雪で閉じ込められたので、夫婦は風呂を沸かし娘を入れた所、なかなか出て来ない。心配になって覗くと、娘が挿していた櫛が湯の中に浮いていて、湯気がつららになってぶら下がっていたという。また、ある男が、どこからともなく来た色白の娘と恋仲になって結婚したが、春になると娘は行方が知れなくなった。逃げたのだと思った男は諦め再婚したが、冬になると先の娘が戻って来て男をなじり、つららに変身して男の胸に突き刺さって殺してしまったという話も伝わる。(岩井宏實『暮らしの中の妖怪』)
雪女
雪女。
ゆきおんな。子を抱いていて、人が近寄ると預ってくれという。預ると女は消えるが、子は泣いてばかりいる。この時、女の子ならば櫛をもたせ、男の子ならば脇差を持たせれば泣き止むという。(佐藤紅緑『樹々の春』/日野厳『動物妖怪譚』)青森県西津軽の雪女は、正月元日に来て卯の日に帰るという。雪女のいる間は、一日に三十三石余の稲の花がしぼむ。それで、卯の日の遅い年は作が悪いとされる。(「むつ」二/『民俗語彙』)
岩手県の遠野地方では、小正月の一月十五日、または谷の満月の夜には雪女が外に出て遊ぶという。その雪女は、子供をたくさん連れてくるという。だから冬の満月の夜は「雪女が出るから早く家に帰れ」という。(『遠野物語』)宮城と山形の県境、面白山峠付近で親子のマタギが会ったという話では、峠の暗い夜道で二十m前方に人を見て父は「話を交すな、顔も見るな」と言った。子がこわごわ袖の下から覗くと、赤い縞模様らしい着物をつけた顔の白い女だった。家に帰ると父は「あれは雪女で、言葉を交すと食い殺される」といったという。(毛利総一郎・只野淳『仙台マタギ鹿狩りの話』/今野円輔『妖怪篇』)
秋田では、出会った人に子供を預ってくれと頼むという。うっかり預るとその子の重みで雪に埋もれてしまう。子供は雪の塊なのだという。(日野巌『動物妖怪譚』)また、顔がのっぺりしていて、目鼻立ちがはっきりしない。若く美しい雪女に会うと命を取られるという。(藤沢衛彦『日本民俗学全集』3)
常陸の雪女は、子供を騙しに来ると伝えられる。(藤沢衛彦『日本民俗学全集』3)
伯耆国東伯郡小鹿村中津(三朝町)の雪女は、白幣に乗り、淡雪に乗って現れ「水ごせ、湯ごせ」という。水をかけると膨れ、湯をかけると消えるという。(『民俗語彙』)
【ユキオナゴ】 雪女。
子供のいない老夫婦が、ある吹雪の夜、戸外に佇んでいる女から一人の色の白い女の子を預った。女はその子を渡すと粉々に砕けて消えた。二人はその子を温めてあげようとお風呂に入れると、泡になって湯の上に浮んだという。(今野円輔『妖怪篇』)岩手の西山の奥では、杣人十人ほどで小屋掛して働いていると、夜中に白い着物を着て雪のように白い顔の女が「えごえご」といって入口の蓆を上げて笑いかける。すると男たちは、吸い込まれるようにその後について出て行ってしまう。明け方、男は腑抜けになって帰って来る。雪おなごと契った男は一生精を失うという。(菊池敬一「陸中の妖怪」季刊「自然と文化」84年秋季号)
会津では、その頼みを聞き入れると雪に埋もれてしまうといい、磐城では雪女郎ともいって、背を向けると雪の谷間に突き落とされるという。(藤沢衛彦『日本民俗学全集』3)
その他
その他の雪の怪
【シッケンケン】 しっけんけん。
信州諏訪郡永明、宮川村などで、雪中に出てくる女の怪。紐で人を縛って行くという。一本足で片足跳びをするのでこの名が付いた。(『民俗語彙』)
【デェデェボウ】 大々坊。
山形羽黒山周辺に伝わる。一本足の巨人で、雪の上にとびとびに大きな足跡をつけることがあるという。(「旅と伝説」十七ー一/『民俗語彙』)
【テギノカエシ】 手杵返し。
高知県幡多郡でいう。足跡が一つしかなく、同郡橋上村楠山(宿毛市)では雪の山道などに一つ一つついているのを見ることがあるという。同じく十川村広瀬でも、これをテギノボウといって杵の形をし、錫杖の音をさせてとんぼがえりをして歩いてくる。夜の河原に出るという。(「旅と伝説」十五ー六/『民俗語彙』)
【ヒトツアシ】 一つ足。
土佐で、雪上に一本足の足跡を残す怪。(「郷土研究」四ー八/『民俗語彙』)
【ユキオンバ】 雪婆。
下伊那郡で、雪の降る夜に現れる。(『民俗語彙』)
【ユキジョロウ】 雪女郎。
山形では、産女(うぶめ)のように人に怪力を授けるとか、赤児を抱ききれなかった男を殺すという。また、人間の子を食べるとか、さらって雪女郎の子に食わせるなどと伝えられている。(佐藤義則『小国郷夜話』/今野円輔『妖怪篇』)
大正の始め頃の話で、新潟の雪山で若者が出会ったという。美しい女で首輪などをして、天女のようにフワフワと人の前を行く。若者がつられてついて行くと、女は振り向きニッコリ微笑んだが、雪の上には足跡がついていなかったという。(「サン写真新聞」/今野円輔『妖怪篇』)
越後の猟師が冬山で行き暮れ、明りを頼りに一軒の小屋に辿り着いた。若い女に歓待され、真っ白い掛布団を掛けてもらって寝たが、そのまま死んでしまったという。(佐久間淳一「越後の妖怪」季刊「自然と文化」84年秋季号)
【ユキドウジ】 雪童子。
越後の山里に住む老夫婦は、子供が無く毎日雪で子供を作っていた。ある吹雪の夜、男の子が家に迷い込んできて、老夫婦はその子を可愛がり育てていたが、春になると痩せ衰え、いつの間にか居なくなっていた。次の冬、再び吹雪とともに舞い戻って来る。こんな事を何年か続けていたが、ある年からぱったり来なくなったという。(佐久間淳一「越後の妖怪」季刊「自然と文化」84年秋季号)
【ユキニュウドウ】 雪入道。
雪男とも呼ばれる冬の怪物。
飛騨高山では、雪の降る明け方に現れるという。一目一足とされる。(今野円輔『妖怪篇』)
【ユキノドウ】 雪のどう。
美濃の揖斐郡坂内村川上に出るという雪の怪。普段は目に見えないが、時に女に化けたり雪玉の形をとって現れる。山小屋に来て水をくれと言ってきても水をやってはならない。熱いお茶を出すものだという。これを撃退する呪文は「先くろもじに後ぼうし(いつき)、あめうじがわ(黄牛の皮)の八つ結ばえ、締めつけ履いたら、如何なるものもかのうまい」。これは輪かんじきの前後輪を別々の木でこしらえるこの地方の習慣からきたものという。(高橋丈太郎『山と人と生活』/『民俗語彙』)
【ユキバジョ】 雪婆女。
薩摩地方で、雪の降る夜に出てくる妖女。バジョとは老いたという意味で、バジョウマなどという。(『民俗語彙』)
【ユキフリニュウドウ】 雪降り入道。
信濃の東筑摩郡でいう。雪降り坊主ともいい、袋を被っているとか、ぼろ着物を着ている、あるいは蓑笠をつけているなどといわれる。(『民俗語彙』)
【ユキンバ】 雪婆。
ユキオンバとも。愛媛県北宇和郡吉田町では、冬、雪が積もっているころなど、ユキンバが来るといって子供を屋外に出さないよう注意する。(「郷土研究」四ー一/『民俗語彙』)
【ユキンババア】 雪婆。
秋田では、雪の夜に子供が一人で外に出ると、雪婆にさらわれるという。(『秋田県の迷信、俗信』/今野円輔『妖怪篇』)
【ユキンボ】 雪ン坊。
紀州の伊都群見好村で、雪の降り積む夜に出てくる妖怪。小児のような形をして一本足で飛び歩く。雪の朝、樹下に円形の窪みが所々にあるのはその足跡だという。(「郷土研究」四ー一/『民俗語彙』)
音の怪
小豆磨
小豆磨。
あずきとぎ。又「小豆洗い」とも、「小豆さらさら」ともいう。水のほとりで小豆を磨ぐような音がするといい、こういう名の化け物がいて音をさせるともいう。その場処はきまっていて、どこへでも自由に出るというわけでない。大晦日の晩だけ出るという処もある(阿哲)。あるいは狢の所行といい(東筑摩)。又は蝦蟇が小豆磨ぎに化けるともいう(雄勝)。不思議はむしろその分布の弘い点にある。西は中国、四国、九州、中部、関東、奥羽にもあらぬという処はほとんどない。なにゆえに物は見もせずに、磨ぐのを小豆ときめたかも奇怪である。あるいはこの怪を小豆磨ぎ姿様、又は米磨ぎ婆と呼ぶ例もある(芳賀)。信州北佐久郡の某地の井では、大昔荒神様が白装束で出て、
お米とぎやしょか 人取って食いやしょか ショキショキ
といいながら、米を磨いでは井の中へこぼしたと伝え、今でも水の色の白い井戸が残っている(『口碑集』)。この言葉も全国諸処の小豆磨ぎの怪が、口にするという文句であってその話の分布もなかなか弘い。
駒ヶ根では単にサクサクだが、アズキゴシャゴシャ(長野市)、小豆とぎゃしょか人取って食いやしょかショキショキ(佐久市)というものもある。(倉石忠彦「信州の妖怪」季刊「自然と文化」84年秋季号)
越後の南蒲原郡本成寺村の名主長橋家にいて、その邸内には何百年も経た樅の木の一本に洞が有り、そこに住んで雨の日になると「小豆とごうかや人とってかもうかや」と叫ぶという。(外山暦郎『越後三条南郷談』)
備後の山村で、夜、川べりを歩いていると「いっしょう、にしょう、ごしょう、ごしょう」という音を聞かせる。獺の仕業といわれ、人と思ってつい声をかけてしまうという。(平川林木「山陽路の妖怪」季刊「自然と文化」84年秋季号)
【アズキアライ】 小豆洗い。
「小豆磨」と同じ怪。
新宿内藤宿の小笠原鎌太郎という旗本の家には、流しの元にいて、時に音をさせるので行って見ると、何者もいなかったという。(根岸鎮衛『耳袋』巻一)
甲斐の古府新紺屋町から愛宕町にかけた土橋があり、その下を流れる富士川で、そこを朝早く通ったら聞こえたという。また、畳町でもどうような音を聞くという。(『裏見寒話』巻六/柳田国男『妖怪談義』)
伯耆国一江崎という所に小溝があり、ここに小豆を研ぐ音をさせる妖怪がいた。人が見ようとすると、必ず水中に落ちたという。(『有斐斎剳記』/柳田国男『妖怪談義』)
出雲では、もの淋しい町外れの森に出て、人を取る。小豆をまぜかえすようにザラザラと音を立ててる。(「民間伝承」九ー五)
岡山県内各地には、「竹切爺」の屁の音が「小豆さらさら、小米さらさら」と聞こえるという昔話がある。これは小豆洗いと同じ怪。(岡山民俗学会『岡山民俗事典』)
讃岐では、小川のほとりに出て小豆を洗うような音をさせる。豆狸の一種で人を化かすという。(大藤時彦「民間伝承」九ー五)
高知県宿毛市中山田で、寺の門外にいて時々夜更けて小豆を洗う音をさせた。半時ばかりして止むという。(広江清編『近世土佐妖怪資料』)
小豆洗い。徳島県名東郡八万村の冷川に掛かる冷橋の付近にいた狸が小桶で小豆を洗うような音をさせた。那賀郡見能林村答島、名西郡石井町城ノ内、麻植郡川田村瀬津、美馬郡脇町北町などでも、狸がこの音をさせるという。(笠井新也『阿波の狸の話』)
【アズキババア】 小豆婆。
夜中に小川の辺とか小暗い所で小豆を磨いでおり、人を化かしたり喰ったという。(「民間伝承」十二)
北巨摩郡清春村中丸柿木平の諏訪神社の近くにアマンドウの大木があり、その樹上にいたという。毎夜、ザアザアという音を立て「あずきおあんなすって」と声を掛け、うろたえる人がいると大笊で掬い上げてしまう。(「民間伝承」九ー五)
【コメカシ】 米かし。
米磨ぎのこと。幡豆郡佐久島の海岸の薮で、ガシガシと米をかしたり(磨いだり)、小豆をかしたりする音をさせる。アズキトギと同類の怪。(『民俗語彙』)
【センダクキツネ】 洗濯狐。
夜になると水の岸に出て、ざぶざぶと物を洗う音をさせる怪。遠州西部ではその作者を狐ときめている。(『静岡県伝説昔話集』) 引佐郡鹿玉村では、夜になると狐が川岸でザブザブと物を洗う音をさせるといい、アズキトギと同様の怪。(『静岡県伝説昔話集』/『民俗語彙』)
狸囃子
狸囃子。
たぬきばやし。深夜にどこでともなく太鼓が聞こえて来るもの。東京では番町の七不思議の一つに数えられ(「風俗画報」458号)、今でもまだこれを聴いて不思議がる者がいる。東京のは地神楽の馬鹿ばやしに近く、加賀金沢のは笛が入っているというが、それを何と呼んでいるかを知らない。山中では又「山かぐら」、「天狗囃子」などといい、これによって御神楽岳という山の名もある。
作詞野口雨情、作曲中山晋平で知られる童謡「証城寺の狸ばやし 」で良く知られた話だが、現在のように電気も無く、自動車などのような大きな音をたてるものの少なかった時代、どこからともなく聞こえる音曲のようなざわめきが聞こえて来て、それを「狸囃子」と称したのだろうか。それは山の民、あるいは傀儡たちの酒宴のざわめきだったのかもしれない。
【カミカグラ】 神かぐら。
山野でどこからともなくお囃子が聞こえ、音のする方へ行ってみるが、そこには何も無いと云う怪。
四谷内藤新宿の明屋敷守りに五郎蔵といふ者あり、米屋といふにはあらねど、此辺りの御家人の扶持米を舂て遣事をもてよ世を渡れり、五郎蔵が家居は屋敷の主の住捨しに入たれば、軒朽草生たれと八畳二タ間に六畳の勝手ありて、屋敷守りの住居には広し、夫婦者にて一人の伜あり、然るに此節伜疱瘡を煩ければ妻は其子を連て親の方へ逗留に参り、頃日は五郎蔵一人暮し居たり、亥二月五日は初午に当れり、夜ニ入帰り見れば、我家の内に人多く集りたると見へて糸竹呂律の拍子を揃へ、さも面白く囃子立、舞遊ぶ手拍子の聞へければ近所の者共が何方へか初午のはやしに行たるが立寄し事と思ひつゝ門戸明て入見るに、その音はすれ共姿は見へず、こなたかと思へは先の方に聞へ、先かと行ば跡になりて聞留難し、五郎蔵元来大胆の者なれば少しも動せず、常のごとく休けるに、夜も明方に至れば物音も静りぬ、夜明て見れば少しも常に替りたる事なし、是よりして毎夜かくのごとく音曲の拍子とり/\はやしけるが、日を経て止しと也、田舎にては神かぐらと申ならはして稀にある事の由、狐狸の仕業なるべし、(『享和雑記』巻三の四十五)
【テングバヤシ】 天狗囃子。
群馬県碓氷郡松井田のオヤン沢では、雨が降りあたりを霧が覆う日に、何処からとも無く「ひいひゃらどんどん」笛、太鼓の音が聞こえる。それを天狗囃子といった。また、吾妻郡六合村の天狗の太鼓は、一本バチで「ぽんぽん」となるという。(群馬県教育委員会編『松井田町の民俗』『六合村の民俗』/松谷みよ子『現代民話考』1)
【ヤマカグラ】 山神楽。
佐渡の山で、神楽をしている音がするのをいう。天狗の仕業といわれる。(『民俗語彙』)
【ヤマバヤシ】 山囃子。
山中で深夜どこともなく神楽の囃子がすることがある。遠州阿多古ではこれを山ばやしといい、狸のわざとしている。熊村では日中にもこれを催すことがあって、現に狸が腹鼓を打っているのを見たという者さえある(『秋風帖』)。
先述の「狸囃子」と同類の話。音だけがして、その正体が分らぬ事から称された怪。
その他
その他の音の怪
【カイフキボウ】 貝吹坊。
備前和気郡の熊山古城址にいたというもの。声は法螺の貝を吹くようで在りかを知らず。その貌を見た者もない。土地では貝吹坊と呼んでいた。(「郷土研究」一巻5号)
岡山県和気郡の熊山城趾にいたという怪。法螺貝を吹くような声で啼くが、姿を見たものはいない。(『東備郡村誌』四/『民俗語彙』)
【カクレザトウ】 隠れ座頭。
秋田県横手市に伝わり、夜中に踏唐臼を搗くような音をさせる怪。箕を夜出しておくと借りられてしまうとか、踵のない盲人だとか言われ、市日にこれを見つけると福を授かるという。(『横手郷土史』/『民俗語彙』)
常陸では、隠れ座頭に隠されるといい、また、隠れ座頭の餅を拾うと長者になるという言い伝えがある。この話は房州にもある。(「風俗画報」391/『民俗語彙』)
【カクレザトノコメツキ】 隠れ里の米搗。
静餅に似た怪。この音を聞く人は、長者暮しをすると言い伝える。(『民俗語彙』)
【カワツヅミ】 川鼓。
信州の小谷地方では、川童は人を取る二日前に祭をするのでその鼓の音が聴こえるという。それを川童の川鼓といって大いに怖れる(『小谷口碑集』)
【コクウダイコ】 虚空太鼓。
周防の大畠の瀬戸で旧六月の頃に、どことも知れず太鼓の音が聴こえる。これを虚空太鼓という。昔宮島様のお祭の日に、軽わざ師の一行がここで難船して死んでからという(「郷土研究」一巻5号)
周防灘の大島瀬戸の辺でいう。旧六月の頃この音を聞くが、その所在を明らかにすることができない。安芸の宮島から来た軽業師が難船してからこの怪があるという。(「郷土研究」一ー五/『民俗語彙』)
【コソコソイワ】 こそこそ岩。
備前御津郡円城村にこの名の岩がある。幅五尺ほど、夜分その側を通ると、こそこそと物いう音がする。(「岡山文化資料」)
岡山県御津郡円城村(加茂川町)にある岩。横五尺ほどで、夜分その傍を通ると、こそこそという物音がする。(『民俗語彙』)
【シズカモチ】 静か餅。
下野益子辺でいう。(「芳賀郡郷土研究報」)夜中にこつこつこつこつと、遠方で餅の粉をはたくような音が人によって聴こえる。その音がだんだんと近づくのを搗き込まれるといい、遠ざかって行くのを搗き出されるといい、静か餅を搗き出されると運が衰える。搗き込まれた人は、簑を後ろ手に出すと財産が入るともいう。あるいは又「隠れ里の米搗き」ともいい、この音を聴いた人は長者になるという話もあった。『摂陽群談』、「摂津打出の里」の条にもある話で、古くから各地でいうことである。
摂津で、夜中にコツコツと餅を搗くような音がする。人によって聞こえ、聞こえた人は富裕になるという。(『民俗語彙』)
【タタミタタキ】 畳叩き。
夜中に畳を叩くような音を立てる怪物。土佐ではこれを狸の所為としている(『土佐風俗と伝説』)。和歌山附近ではこれをバタバタといい、冬の夜に限られ、『続風土記』には又「宇治のこまた」という話もある。広島でも冬の夜多くは西北風の吹出しに、この声が六丁目七曲りの辺に起こると『碌々雑話』に見えている。そこには人が触れると瘧(おこり)になるという石があり、あるいはこの石の精がなすわざとも伝えられ、よってこの石をバタバタ石と呼んでいた。
地方によってはバタバタという怪で、土佐地方では畳叩きという。夜中に畳を叩くような音がする。狸の仕業といわれている。(『民俗語彙』)
【チャガマオロシ】 茶釜下し。
伯耆国岩美郡米里村東大路では、狐が村中の井戸のあたりで、茶釜を下ろすようにチャラチャラと音をさせたという。(『民俗語彙』)
【テングダイコ】 天狗太鼓。
美濃の揖斐郡徳山村では奥山で太鼓が鳴ると雨になる。また、時に法螺貝を鳴らし、その時には自分の気の用心をしなければならないという。(高橋文太郎「旅と伝説」/松谷みよ子『現代民話考』)
【テングワライ】 天狗笑い。
群馬県利根郡水上町の土宇沢という所を歩いていると、誰かが笑っている声を聞く。構わず歩くと、笑い声はさらに大きくなった。こちらから笑い返すと、前にも増して大きな声で返ってきたという。(群馬県教育委員会編『水上町の民俗』/松谷みよ子『現代民話考』1)
相模国津久井郡内郷村道志の石老山を夜通った井草某は、頭上でゲラゲラ笑う声を聞き、腰を抜かしてしまったという。(鈴木重光『相州内郷村話』)
設楽郡天竜川の東岸で、雪が二尺積もった朝、亀の甲山からとほうもない笑い声が響いた。(早川孝太郎「七人狩人の家」「旅と伝説」/松谷みよ子『現代民話考』1)
【バタバタ】 ばたばた。
広島城下で、夜に入ると筵を打ち、塵を払うような音がしてバタバタと鳴る。戸を開けると遠くに聞こえ、尋ねていくと違った方角から聞こえる。その所を確かめることができない。(津村淙庵『譚海』巻十)
【モメンヒキババ】 木綿ひき婆。
福岡市でいう。大木の風に鳴る音だが、木の下に白髪の婆が木綿車を廻していて、人が行くと恐ろしい目で睨んだという。(「民間伝承」四ー七)
【ヨゴレハッチョウ】 よごれ八丁。
長崎市でいわれ、深夜に出現する怪。ヨボエ(夜吠え)ハッチョウの転化かといい、夜声八町の諺から来たものと言われる。(『民俗語彙』)
【ロクニンヅキ】 六人搗き。
狢の六人搗きといい、狢が集まって騒ぐ音が、六人搗きの臼を搗く音に似ていて歌声も混じるという。音のする場所に行くと音は止まる。この音がすると家が衰えるとも栄える兆しともいわれる。(『民俗語彙』)
その他の怪
木の怪
木そのも、あるいは樹木などの下や頭上から現われる怪。
【アカテコ】 赤手児。
青森県八戸辺でいわれる。サイカチの古木から赤い小児の手のようなものが下がった。この木の下に十七、八歳の美しい娘が立つことがあり、この娘を見た者は熱病にかかるという。(佐々木喜善「ザシキワラシの話」)
【キーヌシー】 木の精。
大木に宿る。キジムナーと違い、木から飛び出すことはない。屋敷の大木を伐るときにはキーヌシーがいるから祈願する。夜中に木の倒れる音だけがすることがある。これはキーヌシーがもがき苦しんでいるので、そんなときは二、三日後、あるいはしばらくしてその木が枯れることがある。(名嘉真宜勝・談/今野円輔『妖怪篇』)
【キジムン】 木じむん。
沖縄で古木を住処としている怪。ガジュマル、アコウなどの木が年経るとキジムンになるという。海の魚を捕るのが上手だが、左または左右の目を抜き取って食べるだけだから、これと親しくなると魚運に恵まれる。屁が何よりも嫌いという。セーマ、ヤーマグ、ブナガイ、ブナガー、ミチバタ、ハンダンミー、アカガンターなどともいう。各地とも形はほぼ一定で髪が長く身体は全部毛で被われている。ところによっては赤ん坊の大きさで毛髪は赤いともいい、また大変大きな真っ黒いモノで、睾丸が大きいともいう。蛸が嫌いで、古木から生じるから、古木の股に釘を打ち込めば宵とも云う。水面を駆けることが巧みで、人を連れたままでも水面に立てるという。よく火を出す。旧暦八月十日は妖怪日といい、この日にキジムナー火を見ようという人が多い。(島袋源七『山原の土俗』)キジミンの火は色が違う。時々海上を渡ってくる。とても速く、側に来ても声を掛けない。掛けるとマブイ(霊魂)を取られる。山で出会い谷川の石を動かしているのを見ると、怒ってマブイを取る。国頭の山小屋に来たが、追い払うと悪さをするので、生竹をそっとくべて、爆ぜる音をさせると驚いて逃げた。キジムンのいる家は富み、よそへ越すと衰える。枕返しに遭った、寝ていて押さえつけられたという話は多い。大宜味村ではブナガヤアという。人語を聞き分けられる。怪力で、これを利用して成り上がった者がいて、後に、離れようと蛸(ジヤサメ)を柱に掛けておいたら、二度と来なかった。木のうろにいて、うっかりその木を伐ると、酷い目に遭わされたり、いつまでもつきまとって悪さをする。(折口信夫「沖縄採訪記」「沖縄採訪手帖」)総角で山で人間の焚いた火に当たりに来る。追い払うには青竹を燃やして爆音を出すに限る。本土の火取り魔のように提灯の火を取って逃げる。これを防ぐには出かける前に提灯を跨いでおけばよい。夜にうなされるのはキムジナーが戸のすき穴から入って押さえるためであるという。これを防ぐにはすすきのサン(輪結び)を胸に乗せておくとよい。(佐喜真興英『南島説話』)羽地村源地の老婆が、川端の老木の上で、枝を枕に睾丸の大きな子供が寝ているのを見た。老婆が竹竿で睾丸をつつくと、子供は飛び上がってどこかへ消えた。老婆はその夜、床につくやいなやその子供に襲われて身動きできず、終夜苦しめられた。大宜味村喜如嘉の某家に毎年旧暦八月八日に来て、豚小屋の豚を綱でくびり、火で所構わず焼いたという。(島袋源七『山原の土俗』)屋敷にあるヒンギの老大木にキジムナーが住み、その家の翁と親しくなり毎晩魚取りに誘って、翁を裕福にしていたが、翁のほうがつらくなり、木に火をつけるとキジムナーは他家に移り、その家は潰れた。同じようにキジムナーと関係を絶とうとして嫌いなものを聞き出し、門口に蛸を吊し、蓑を来て鶏の真似をして追い出したが、三日後にその翁は死んだなどという話が伝わる。(佐喜真興英『南島説話』)
【キシンボウ】 木心坊。
肥後で、椿の木を擂木に用いると、その木がキシンボウという怪物になるという。(「民族と歴史」六ー五/『民俗語彙』)
【ジンメンジュ】 人面樹。
『画図百鬼夜行』に「三谷にあり、その花人の首のごとし。ものいはずして、たゞ笑ふ事しきり」とある。(「週間朝日百科」12)
【タンタンコロリン】 たんたん転りん。
仙台で、古い柿の木に化けた大入道だという。柿の実を取らずに置くとこれになったともいうから、コロリンのもとは転がって来るといっていたのであろう。(『民俗語彙』)
【カブキレワラシ】 株切れ童。
岩手県土淵村に伝わり、マダの木に住み、時に童形となって座敷に忍び込み、その家の娘に悪戯をする。また、胡桃の木の三叉で遊ぶ赤い顔がこれだという。(佐々木喜善『奥州のザシキワラシの話』)
【シイニキノセイ】 椎の木の精。
椎の木は必ずスジヤ(人間)を守ってくれるという。大宜味村喜如嘉で、椎の実を拾いに山へ入り、道に迷った小女が、夜中に緑の衣装をきて踊る大勢のものに会った。このとき、大きな猪に襲われたが、白い髭をはやした翁に抱き上げられて救われた。翌朝、目が覚めると椎の木の大木の下におり、実がたわわに実っていた。(島袋源七『山原の土俗』)
【ブナガ】 ぶなが。
沖縄本島で、木に宿る怪をいう。(『民俗語彙』)国頭地方でいうキジムンと似たモノ。ボージマヤともいう。大宜味間切高里村の某家の主人と親しくなった。後に主人が交際を絶とうと烏賊をぶつけたら驚いて逃げ、二度と現れなかった。(佐喜真興英『南島説話』)大宜味村ではキジムンそのもののことをいう。ブナガルは髪を振り乱すの意味。(折口信夫「沖縄採訪記」)
雷獣
雷獣。
らいじゅう。雷が落ちるときに共に天から落ちて来るとされる。形は猫のようで、煮て食べた者がいたが無害だったという。(松浦静山『甲子夜話』一ー三)
文化十年、落雷と共に落ちた。火の玉、獣のようでもあったという。(根岸鎮衛『耳袋』巻十)
相模の国の雨降山に落ちた雷獣は、猫よりも大きく鼬に似て色は鼬よりも黒かったという。爪は五つあり、はなはだ逞しい。夏、雷雨が起ろうとする時、岩の上に立って螽のように素早く雲の中に飛び込む。(『倭訓栞』/日野巌『動物妖怪譚』)
越後の魚沼郡妻有で雷とともに落ちてきた。前脚が二本、後ろ足が四本の六足の獣で、首に牙があり、喙の長さが七八寸、尾の長さも喙と同じ、足の長さは六寸ばかり、爪は水晶のように鮮やかで水掻きがあり、三寸ほどの髭が生え、体毛はこげ茶色であったという。(『玄同方言』/日野巌『動物妖怪譚』)
信越国境の山中、三国嶺、河内山中、飯豊山中などにいて、雲が下がり山中を覆うと、これに乗って昇り雲中を駆け回り、雷について地に落ちてくるという。松城に落ちた雷獸は猫ほどの大きさで形も猫に似ていたという。毛は灰色で光沢が有り、日に当たると黄褐色で金のようであった。晴れた日は終日首を垂れて眠っているが、陰暗風雨の日は恐るべきほどの勢を有した。(「越後名寄」/日野巌『動物妖怪譚』)
益頭郡花沢村高草山で、雷鳴暴雨の日、雲に乗って空中を飛行し誤って落ちるときは木を裂き人を害する。形は猫のようで鼬に似る。(日野巌『動物妖怪譚』)
知多郡のある寺に雷と共に落ち、塔に激突して死んだ。鼠色で犬ほどの大きさだったという。(『倭訓栞』/日野巌『動物妖怪篇』)
その他の怪
【アカングワーマジムン】 赤ん坊の死霊。
四つん這いになって人の股をくぐろうとする。これに股間を潜られた人はマブイ(魂)を取られて死んでしまう。(金城朝永「琉球妖怪変化種目」/「郷土研究」五ー二)
【ウグメ】 産女。
亡霊の怪。佐賀県西松浦郡ではウグメは人に子を抱いてくれと頼む。その差し出した子は、大抵石塔や藁打ちの槌であるという。(『民俗語彙』)
大分県直入郡で、子を抱いてくれという亡霊の怪。それは大抵石塔や藁打ちの棒だったという。(『民俗語彙』)
【カセカケオナゴ】 かせ掛女子。
壱岐島でいう。どのような妖怪か不明。(『民俗語彙』)
【コシンプ】 コシンプ(アイヌ語)。
コシンプウ、コシンプイともいう。ルルコシンプウとイワコシンプウがあり、ルルは川湖海などの水に住み、イワは山に住む。形は人間に似て着物を着、善悪二者がいる。悪は人間に憑いて種々の悪事を働く。(吉田厳『人類学雑誌』)
前掲のイワコシンプ、後掲のルルコシンプと同様のものと思われる。ここではイワコシンプは山の怪とされるが、前掲のイワコシンプは海に現れている。採取した地によっての違いか、山に住み海に現れるのか不明。
【サンボンゴロウザエモン】 三本五郎左衛門。
芸州ひくま山の内不立入所有。七尺程の五輪に地水火風空と記し、三本五郎左衛門と言へる妖怪有りと語り伝へしを、稲生武太夫といへる剛気の武士ありしが、兼て懇意に成しける角力取と、「何か今の代に怪事あるべき、いでや右引馬山の魔所へ行て酒呑ん」と、さゝへを持て終日呑くらし帰りけるが、角力取は三日程過て子細は知らず相果ぬ。武太夫かたへも朔日より十六日まで毎夜怪異ありて、家僕迄も暇を取退しが、右武太夫聊心にかけず傑然としてありしが、十六日目に妖怪も退屈やしけん、「さて/\気丈なる男かな、我は三本五郎左衛門」と云ひて、其後は怪異も無りしが、「中にも絶がたかりしは、座舗内へ糞土をまきしや、甚嗅く不浄なるには困りし」由。右武太夫方に寄宿なしける小林専助といふもの、今は松平豊前守家来にてありしが、右専助に聞しと語りぬ。(『耳袋』巻之五)
【ジュリグワーマジムン】 ズリ(遊女)の化物。
沖縄各地で最も有名な化物の一つ。」中頭郡添浦村屋富祖で、深夜、アガリヌカー(東方にある共同井戸)の方で、香ばしい匂いがするので、村の強い若者が忍び寄って覗くと、一人のズリがカーで髪を洗っていた、(金城朝永「琉球妖怪変化種目」/「郷土研究」五ー二)
【シルクル】 シルクル(アイヌ語)。
魔という意。船で来て、美しい娘の魂を奪い妻にするという。(知里真保編約『アイヌ民譚集』)
【チーノウヤ】 ちーのうや。
童墓(ワラビベカ)にいる霊の怪。極めて優しい顔の女で、黒髪を長く洗い髪したように垂らし、乳が特別に大きいものという。水面や童墓にいて、生きた子を「あの世」に引き込むと恐れられている。死児のためには、この霊怪に亡き子の冥福を祈る。(島袋源七『山原の土俗』)
【ツボノマジムン】 壺の変化。
山羊に化けて通る人を悩ませ、数えきれないほどの人の命をとった。正体は洞窟の中にあった壷で、これを黒縄(マーニ)で縛ったら、化物は出なくなった。(佐喜真興英『南島説話』)
【ナカニシ】 仲西。
晩方、那覇と泊の間にある塩田温泉の潮渡橋付近で「仲西ヘーイ」と呼ぶと出てくる。(金城朝永「琉球妖怪変化種目」/「郷土研究」五ー二)
【ナビゲーマジムン】 鍋笥(杓子)の変化。
為すところはミシゲーマジムに似る。沖縄では古い食器類は化けて出ると信じられている。(金城朝永「琉球妖怪変化種目」/「郷土研究」五ー三)
【ノッペラボウ】 のっぺら坊。
顔に目鼻口などが無くのっぺらな顔をした小坊主。
分布・発祥などの詳細は不明。小泉八雲の『怪談』では、狢の仕業として、のっぺらな顔の女を見た男が、仰天して逃げ夜蕎麦の屋台に駆込んだ。事の顛末を告げるとその蕎麦屋の主人が、「それはこんな顔かな」と顔を撫でてつるりとした顔ののっぺら坊になる話が語られている。
【ハーメーマジムン】 はーめーまじむん。
老婆の怪をいう。(金城朝永「琉球妖怪変化種目」/「郷土研究」五ー二)
【パウチ】 パウチ(アイヌ語)。
淫魔。ふだんは天国のシュシュランペツという川のほとりで、男も女も裸で踊り暮しているが、ときどき人間の村の背後の山野に現れ、人間の男女を誘惑して踊の輪に加え、しだいに輪を大きくしながら世界中をまわりつづけるという。いままでつつましやかに暮していたものが、急に人が変って騒がしくなり、裸になって走り歩くとパウチがついたという。また、ローレライのように川岸の崖の上で裸の美しい女になって舟人を誘惑し、滝壷に落すという。さらに浮気というものはたまたまパウチが人間に取り憑くと起きるともいわれる。(知里真保編約『アイヌ民譚集』)
【バケモノババ】 化け物婆。
幼児の魂を盗んで行くとされる。夜に強く昼に弱いので、夜明けと共に地中に没する。(知里真保編約『アイヌ民譚集』)
【ヒツギノマジムン】 棺の変化。
今帰仁村で美しい女に化けて青年を誘惑した。友人が傍目から見ると、舌が長く目玉が飛び出した天蓋のような化物だった。友人は青年を説得し、その女を短刀で刺させたところ、女の胸から蛍火のような青光のする血がはねた。翌日、見ると古い棺の片板の中央に短刀が刺さっていた。羽地村源河と大宜味村の境で、夜中、美しい女が男を抱き留めて知らない所へ引き込もうとした。男は必死に抗い、夜が明けると女は一片の棺板となった。男が燃やすと陰湿な悪臭を伴った油が滲み出て物凄かったという。(島袋源七『山原の土俗』)
【フッコ】 ふっこ。
北設楽郡で、猿、山火、狐等の古びたものをいう(「民族」三ー一/『民俗語彙』)
【マー】 まー。
形は漠然としているが、牛の鳴き声を出すという。(金城朝永「琉球妖怪変化種目」/「郷土研究」五ー二)
【マジムン】 魔の物。
ユーリーと混同されるが、ユーリーはふつうの幽霊を意味し人間の亡霊に限っていう。マジムンは豚、家鴨、犬、牛、器物などに変化して出るモノ。家にはほとんど出ず、道の辻などに出る。定まった場所に出るものもあるが、俳諧するものもある。(島袋源七『山原の土俗』)ユーリーは背が高く顔だけが真っ赤で、木にぶらさがっていて足のないのを見た人がいる。また歩くのに足音も足跡もないという人もいる。(折口信夫「沖縄採訪記」)
【マズムヌ】 まずぬむ。
宮古島でいう化物。人の死霊もあれば動物の怪もある。幽霊との区別はつけにくいが、幽霊は始めから人のほうを向いているが、マズムヌはこれが最後という時にだけ顔を人に向ける。相手を食い殺すとか呪うとか生きていたときの怨みつらみを晴らそうとする。この霊が来た時は山羊の臭いが強く漂うので、カンカカリア(巫女)にはすぐわかるという。(名嘉真宜勝氏・談/今野円輔『妖怪篇』)
【ミシゲーマジムン】 飯笥(しゃもじ)の変化。
古い食器が化けたもの。夜中に戸を叩くものがいるので開けてみると一本のしゃもじが倒れていた。夜中に塵捨て場で蛇皮線や鼓の音が聞こえるのは、投げ捨てられた器物が毛遊びをしているのだという。夜中に牛がうずくまっているのを見つけ、牛屋にいれて砂糖黍をやった。翌朝見るとうず高く積み上げた黍の上に一本のミシゲーが乗っていた。夜中に毛遊びに加わり、翌朝目覚めると床下のミシゲーやナビゲー(杓子)、箸などが散乱している中に眠っていた。こんなわけだから、古いしゃもじや杓子は捨てるものではない。(金城朝永「琉球妖怪変化種目」/「郷土研究」五ー三)
【ミミチリボージ】 耳切坊主。
大村御殿に誅された琉球伝説中の怪僧、黒金座主(クルカニザーツ)の化けたものと伝える。(金城朝永「琉球妖怪変化種目」/「郷土研究」五ー二)
【ムヌ】 むぬ。
形は漠然としている。妖怪をヤナムヌ(嫌なもの)ともいう。人が突然行方不明になるのはムヌニ・ムタリユン(ムヌに持たれる)、迷子になるとムヌ・マイー(物迷い)という。(金城朝永「琉球妖怪変化種目」/「郷土研究」五ー二)
【ムラサキギモ】 紫肝。
対馬南部では、五月五日生まれの女は紫肝といって河童が好んでこれを抜き食うという。(「民俗」三ー一『対馬南部方言集』/『民俗語彙』)
熊本県飽託郡でいう。長崎県のムラサキギモと同じ。(『民俗語彙』)」
【モノマヨイ】 物迷い。
沖縄で夕方に子供をさらって行く怪。(柳田国男『妖怪談義』)
【ユナーメー】 ゆなーめー。
髪の毛のぼうぼう生えた妖怪。あるいは那覇上泉町地蔵前の石川家に保管される木面で、この面を被って「メーメー、ワーワー」と脅すと夜泣きする子供がマブイを落さないで夜泣きの癖が治るという。(金城朝永「琉球妖怪変化種目」/「郷土研究」五ー二)
【ユナバル・ヤージー】 ゆなばる・
やーじー。与那原・屋宜。男性の怪物だという。(金城朝永「琉球妖怪変化種目」/「郷土研究」五ー二)
【ワーウー】 わーうー。
面相の恐ろしい怪。鬼面を刻んだワーウー石敢当や魔除けに屋根に置くシーサー・ワーウー等の熟語がある。(金城朝永「琉球妖怪変化種目」/「郷土研究」五ー二)
【ワタリサンモンメ】 綿売り三匁。
石見国美濃郡安田村(益田市)の矢富地蔵建立の由緒譚に、もと地蔵を建てた場所に綿売りの化物が「三匁」といって現れたので、それを止めるために地蔵を建てたという。綿売りの怪は黒と白の横縞の着物を着ていた。そこでこの地方では縞鯛の一名をも綿売りという。縞の特異性が産んだ幻覚かともいわれる。(『安田村発展史』/『民俗語彙』)
【ワライオトコ】 笑い男。
高知県香美郡山北村でいう。年十四、五ばかりの童子で、一町ばかり先から指差して笑う。初めは低く、次第に声高くなり、山も崩れるほどに聞こえる。退治しようとした武士は果たせず、笑い声は一生耳についたという。(広江清編『近世土佐妖怪資料』)

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