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海の怪
怪かし
【アヤカシ】 怪かし。
安房国鉢田から出た船が、大唐が鼻で水を汲もうと船を着けた。すると草原に良い井戸が有り、美しい女がいて水を汲んでくれた。船に戻ってその事を船頭に話すと「そこには良い井戸など無い。前にも行方知れずになった者がいた。それはアヤカシだ」といってすぐに船を出すと、かの女は海に飛込んで追って来た。櫓でなぐり叩いてようやく逃れたが、もし船頭の機転が無ければ、皆殺しに会っていたという。(平秩東作『怪談老の杖』)
あやかし。山口県から九州北部の海岸でいう。海上で死んだものの魂がドシ(仲間)を捕るために現れるという。船幽霊などと同じ怪か、杓子の底を抜いて貸す話がある。塩と水で供養すれば消えるとか、お釜さまの灰を撒けば良いとか云われる。ただし灰が穢れていると効果が無い。アヤカシは風に逆らって舟を走らせるといわれ、沖に漂流物を拾いにいくと良く出会うという。(『民俗語彙』)
アヤカリともいう。大三島で、船や磯、瀬になって見せる怪。船に変化したときは航海灯を反対につけ、光芒もない。避けて通ると害を受けるので突き当たっていけばよい。タデ箸を振るうか節分の豆を撒くと難を逃れられる。(『民俗語彙』)
九州北部でもいう。山口県のアヤカシと同じ。(『民俗語彙』)
怪火。対馬で、夕方には沖に見え、まぐれ(夕方のすこし後)には磯に来る大きな火で、火の中に子供の歩いてくるような姿が見える。沖では山の形などになって船の行く手にふさがるが、ぶつかって行けば消える。火に向かって、目の前に手を伸ばして親指を立てる。普通の火ならば指の両側から後光が出るが、魔性の火ならば指に隠れて見えないという。(井之口章次『日本の民俗』)
海坊主
【ウミボウズ】 海坊主。
海に現れる怪。宮城県気仙沼の漁師が、ある夜舟を漕いでいたら、美女に化けた海坊主が現れ、泳ぎの競争を挑んで来たという。(今野円輔『妖怪篇』)
お盆の十三日の夕方、遅くまで海で漁をしていると、かならず凶事に会うという。ある船がこの日遅くまで漁をしていた時に、髪を振り乱した大きな海坊主が出た。船人たちは必死で船を漕いだが、海坊主は抜手をきって泳ぎながら「柄長を借しょう、柄長を借しょう」といって船へたぐりよってくる。乗組の一人が底を抜いた柄長杓を渡すと、磯が近くに迫っていたこともあり海坊主はそのまま姿を消した。また、大漁の帰り、満天の星空だったが、突然生暖かい風が船の舳先を過ぎたと思うと、真の闇に包まれ大波が立った。その大波の上に黒い目ばかりきらきら光る坊主頭が出た。耳まで裂けた赤い口を開いて、にたにたと物凄い笑いを浮かべている。漁夫たちは茫然と漕ぐのを忘れた。とたんに船は大波に乗り上げ、一瞬の内に船も人も坊主も消えてしまったという。(『静岡県伝説昔話集』/今野円輔『妖怪篇』)
「杓貸せ」と言って海中から現れる。貸すとその杓で激しく海水をぶっかけて来るので、杓の底を抜いて貸すのだという。(堀田吉雄「伊勢の妖怪」季刊「自然と文化」84年秋季号)
和泉国の海上に出る怪で、全身黒く漆のようで、大きく、磯近くを歩く。この時は子供を外に出さないという。三日ばかりで海に帰るが、その時は半身海上に出したままの立姿で歩く。後ろ姿しか見えず、その顔はわからないという。(大朏東華『斉諧俗談』/今野円輔『妖怪篇』)
出雲では、夜浜辺を歩いていると、どこからともなく巨大な黒いかたまりのようなものが来て、ヌルヌルと体をこすりつけ、海に引き込もうとしたという。(岩井宏實『暮しの中の妖怪』)
【ウミニュウドウ】 海入道。
安房の千倉では、大晦日に海に出ると入道に会うという。ある時、男が海に出て入道に会い「お前は何が怖いか」と聞かれ、「稼業ほど怖いものは無い」と答えたら消えたという。(今野円輔『妖怪篇』)
【セボウズ】 瀬坊主。
福島の海では、時々男女の姿が瀬に立つのを漁師が見るという。これを瀬坊主瀬女という。(『民俗語彙』)
【ヌラリヒョン】 ぬらりひょん。
海坊主のことで、備讃灘で多くでるという。頭大の丸い玉が浮かんで取ろうとするとヌラリと外れて底に沈み、またピョンと浮いてくる。これを何度も繰り返して人をからかう。(平川林木「山陽路の妖怪」季刊「自然と文化」84年秋季号)
【ノロウマ】 呪う魔。
出雲の邑智郡では、海坊主のことをいう。(「民俗学」一ー四/『民俗語彙』)
船幽霊
【フナユウレイ】 船幽霊。
航行する船に取りつき、船の航路を見失わせたり、動かなくさせるなどの怪。その姿は、突然嵐となり行手に妖火を灯らせた船が出現したり、海中から棹に取りつく大男であったり様々に伝わる。
『甲子夜話』には、人吉藩の宗碩が、備後の鞆浦辺で、舟幽霊が海中より手を出して「柄杓貸せ貸せ」と云うのを目撃したと書いている。また、船の形で現れるものとして、西洋では幽霊船として伝わる話が多くあり、洋の東西を問わず、船乗り達には広く信ぜられていた話なのかもしれない。
全国各地の海村で聞く怪。幡豆郡佐久島(蒲郡市)では、その舟は帆柱のセミ(滑車)がないという。これに出会ったときは、舟たでに使った火箸で撫でるとよいという。(『沿海手帖』/『民俗語彙』)
丸亀市沖の手島では、手島の人が岡山県水島へ寄ると必ず火の玉が船についてきて帆柱の周りをくるくると回る。手島の近くに戻ると決まって消える。また、浜で大きな焚火をしている者があるので不審に思って近寄ると「おっさん、便くれ、おっさん、便くれ」という。気持悪いのでとりあわず、翌朝行ってみると焚火のあとはなかった。(武田明「讃岐・阿波・伊予の妖怪」季刊「自然と文化」84年秋季号)
徳島県海部郡阿部村(由岐町)では、舟幽霊には帆柱のセミ(滑車)がないという。(『沿海手帖』/『民俗語彙』)
【イナダカセ】 いなだ貸せ。
船幽霊と同じ怪。福島県沿岸で船で使う杓をイナダといい、これを貸せといって出る。(『民俗語彙』)
【ウブメ】 産女。
福岡県の西海岸地区で船幽霊のことをいい、海で死んだ者がなるとされる。シキユウレイとも言う。舟に化け、島に化けて出る。あるいはアカトリを貸せという。その時には、底を抜いて渡さないと舟を沈められる。つけられたら錨をいれるとよい。しかし、それども取られるから、はじめは石を入れてだます。煙草を吸うと消えるという。(『民俗語彙』)
九州西海岸地方で舟幽霊のことをいう。シキユウレイとも、ただ幽霊ともいい、海で死んだ者がなるといわれる。舟に化け、島に化ける。アカトリ(淦取り)を貸せといってきたときは、底を抜いて渡さないと舟を沈められる。つけられたら碇を入れるとよい。それも取られるから、はじめに石を投げ入れてだます。煙草を吸うと消えるという。(『民俗語彙』)
ウブメ 舟幽霊。宮崎県にも長崎県のウブメと同類のものがある。(『民俗語彙』)
【エナガクレ】 柄長くれ。
愛媛県北宇和郡でいう。海中から出て来てエナガくれという。もしこれを渡すと船に水を汲み入れられるので、底のないのを一つ用意しておくという。イナダカセと同類の怪。(『民俗語彙』)
【オキユウレイ】 沖幽霊。
福岡県遠賀郡芦屋町でいう。舟幽霊と同じものらしい。(『民俗語彙』)
【シキユウレイ】 しき幽霊。
船幽霊と同様の怪。北牟婁郡須賀利村(現尾鷲市)では、海で死んだ人がシキユウレイにつくといい、魚をやると消える。時化の晩などに船や山のように見せかけて現れるという。(『民俗語彙』)
【シャクシクレ】 杓子くれ。
丹後竹野郡下宇川村袖志で、盆の十三日に漁に出るととこれが出る。このときは杓子の底を抜いて渡す。(『沿海手帖』/『民俗語彙』)
【ナモウレイ】 なもう霊。
岩手県九戸郡に伝わる海の怪で、時化の時などに黒い船が現れ、エナガ(柄杓)を貸せといってくる。この時、決してこちらから声を懸けてはならないとされる。(『沿海手帖』/『民俗語彙』)
【ヒキモウレン】 ひきもうれん
伊勢度会郡の漁民の間で、船幽霊をいう。人を引き込む意味から来た言葉ともいわれる。(『方言集』/『民俗語彙』)
【モウジャブネ】 亡者船。
青森県下北半島尻屋崎では、人を食べた鱶(ふか)が亡者になるという。これを避けるには、味噌を水に溶かして海に流せば良いといわれている。(「旅と伝説」十ー四/『民俗語彙』)岩手県の九戸郡では、盆には海に亡者船が出るといい、漁船は日が暮れないうちに帰る。もし出会った時は、節分の豆を撒くと消えるという。盆でない時にも出るが、その時は淦(あか)取りを貸せというので、淦取りの底を抜いて貸すものとされている。(『九戸郡誌』/『民俗語彙』)
知多郡日間賀島では、盆の十六日に亡者船が出るといい、これに会ったら髪の毛を燃やすか、魚を焦がすとよいという。(『沿海手帖』/『民俗語彙』)
【モンシ】 もんし。
宍道湖地方で、大しけの夜、風上に青光りする船幽霊のことをいう。(『沿海手帖』/『民俗語彙』)
【ユウレイブネ】 幽霊船。
迷い船ともいう。この幽霊船をめがけて進んで行くと必ず難船するという。また、これの出るときに限ってタバカゲ(たま風)が吹くという。(『民俗語彙』)
その他
その他の海の怪
【アオボウズ】 青坊主。
海の怪。麦の葉が青いころ、日暮れて帰り遅れた子供がいると、麦の中から真っ青な麦坊主が出てきてさらっていくという怪。(『静岡県伝説昔話集』/今野円輔『妖怪篇』)
【アシナガ】 足長。
平戸城の西北二里ばかりの所に神埼山という山がある。その海辺で渚より六、七十間でふと海浜を見ると、腰上は常人だが足の長さが九尺ばかりのものが松明を掲げ、歩き巡っていた。(松浦静山『甲子夜話』二十六ー六)
【イクチ】 いくち。
常陸の海に現われるという。太さはそれほどでもないが、長さ数百丈あり、うなぎのように総身ぬめりがあって、油が多い。舟を乗り越えるのに一二刻ほどもかかり、布海苔のように粘る油をまき散らすので、その重みで舟が沈む。これにとり憑かれたら、舟人は黙って油を器物で受けて、海にこぼすしか無いという。(津村淙庵『譚海』)
西海・南海にいくじといふて時に寄りて船のへさき抔へかゝる事ある由。色はうなぎやうのものにて長き事難計、船のへさきにかゝるに二日或は三日などかゝりてとこしなへに動きけるよし。然れば何十丈・何百丈といふ限りを知らずとや。いくじなきといへる俗諺は是より出し事ならん。或人の語りしは、「豆州・八丈の海辺などには右いくじの小さき物ならんといふあり。是は輪に成りてうなぎやうのものにて、目口もなく動くもの也。しかれば船の舳先へかゝるたぐひも、長く伸び動くにてはなく、丸く廻るもの也」といひし。いづれ実なるや、勿論舟の害をなす物にもあらずとなり。(『耳袋』巻之三)
いくじ。長崎県では「いくじ」といい、鰻のような色で恐ろしく長い。船の舳先に架かると、渡り切るまでに二、三日かかるという。西海南海全体でいう。(根岸鎮衛『耳袋』)
【イシナゲンジョ】 石投げん女。
肥前江ノ島でいう海姫、磯女などの同系らしい。五月靄の深い晩に漁をしていると、突然に岩が大きな音をして崩れ落ちるように聞こえる。次の日そこに行って見ても、何の変ったこともないという。
西彼杵郡江ノ島でいう。五月靄の深い晩に漁をしていると、突然に岩が大きな音を立てて崩れ落ちるように聞こえる。次の日、そこへ行ってみても、何の変わったこともない。海姫、磯女などと同系の怪らしい。深山でいう天狗礫、空木倒しなどと同じ幻聴であろうといわれる。(『民俗語彙』)
【イソオナゴ】 磯女。
佐賀県東松原郡加計島で、昔、とうぼう船がとも綱を引き上げようとしていた時に磯女が現れたので、その綱を切って逃げた。それ以後、この種の船だけは今もとも綱を取らないという。(『民俗語彙』)
九州各地の海岸に伝わっている話しで、イソオンナともいう。五島の宇久島では磯女は乳から上はまるで人間のような体に見えるが、下半身は幽霊のようにぼやけているという。(「旅と伝説」五ー八)島原半島の小浜あたりでは他所の港に停泊するときは、苫(萱と馬の毛で編んだ蓑のようなもの)の毛を三本、着物の上に乗せて寝ると磯女に血を吸われないと信じられており、またふりがかりをするのもよい方法とされる。(『民俗語彙』)福江沖から久賀の浜畦にいたる五、六か所によく出るといい、久賀西岸の岩屋観音下の磯には頻々と磯女が現れて人を悩ませるという。(今野円輔『妖怪篇』)海浜の石の上で髪を砂の上にまで垂らして海を見ている女がいた。通りがかった男が声をかけると、ちょっと振向いただけで髪が男の方に伸びてきて、血を吸ってしまった。(関敬吾『昔話』)
上甑島では、漁船は他所の磯岸に停泊する際、決してとも綱をとらない。それは磯女がこの綱をたぐって、船に乗り込んでくる恐れがあるからという。(『民俗語彙』)屋久島田尻にも磯女が出る。さげ髪でニヤッと物凄い笑いを見せる。高瀬のエビスという所で会ったが、ずっと付けてくるようだったので、家につき、日本刀を振り回して身体を払うと消えたという。(宮本常一『屋久島民俗誌』)
【イソオンナ】 磯女。
岡山県笠岡市白石島では、女姿で豆絞りの手拭いを被り、小笠の浜を行き来していたが、漁師が一人でも出ていくとすぐ消えてしまったという。(今野円輔『妖怪篇』)
【イソガキ】 磯餓鬼。
伊豆の利島の海に現れる。これに憑かれると急に腹が減って倒れるとされる。この怪を避けるために、漁に出る時は、腰籠に芋などを入れて行く。この芋は食べるためでなく、ただ磯餓鬼に取りつかれないためだといわれている。(『民俗語彙』)
【イソテング】 磯天狗。
幡豆郡佐久島では、天狗の中でも位のない者ばかりが集まるとよく悪戯をするといわれている。これが出ると大漁になるが、スッと取られてしまい、魚をまだ取っていないのに漁が減ると「磯天狗」がでたという。(「民間伝承」十五ー七)
北牟婁群(三重県)の海岸で、木のもとにシビ(鮪の成魚)を積んでいくと、磯天狗が磯で火をたいてみせるという。(『民俗語彙』)
紀州でいわれ、須賀利ともいい、悪戯ばかりして、怪火を発する。(今野円輔『怪談』)
【イソヒメ】 磯姫。
鹿児島県出水郡長島で磯女をいう。美女で、人を見ればその血を吸う。磯姫の顔を見た人はすぐ死んでしまうと信じられている。(『民俗語彙』)
【イワコシンプ】 イワコシンプ(アイヌ語)。
海に現れる絶世の美女の怪だが、この化け物に魅入られると、どんな男でも何年かのうちに必ず死んでしまうとされる。しかし、時には好きな男の「憑き神」となり、とことんまで良い運命に導いてくれるともいう。(菅野茂「アイヌの妖怪」季刊「自然と文化」84年秋季号)
後掲のルルコシンプと同じ。このイワコシンプは、「コシンプ」の項にあるように海の怪では無く、山の怪とされる。
【ウキモノ】 浮き物。
越後の海で、五、六月頃の麗らかな、花曇りのような日に、海上数里の沖に魚のような丘のようなものが時々現れて浮動する。春にも現れるが、場所は一定していた。(『民俗語彙』)
【ウミアマ】 海海女。
越前坂井郡雄島村の安島では、海女が一人で潜っている時に出るという。海女が潜るとウミアマが浮び、海女が上がるとウミアマが潜る。後鉢巻の姿だけが見えるという。(柳田国男『海村生活の研究』)
【ウミオンナ】 海女。
福岡県東北部の海岸でいう。時に水面を歩く女を見ることがあるが、海女房のように害をなすかどうかは不明。(『民俗語彙』)
【ウミコゾウ】 海小僧。
静岡県賀茂郡南崎村に伝わる怪で、目の際まで毛を被った小僧が、釣り糸をたどって現れ、にっこりと笑ったという。(『民俗語彙』)
【ウミナリコボウズ】 海鳴り小坊主。
能登の人々は、気多神社の森が鳴ることをこういって恐れる。昔、上杉謙信に攻められ、海に身を投じた僧兵の亡霊の仕業とされている。(『民俗語彙』)
【ウミニョウボウ】 海女房。
出雲の外海で知られる怪。磯女の類で、牛方山姥の昔話に似た話で、鯖の豊漁に恵まれた漁師の家で、塩漬けを作るために重石を載せておいたところ、赤子を抱いた海女房が入って来て重石を軽々と取りのけ、自分も食べながら赤子にも食べさせた。そして「じじいはどこへ行った。口直しに食ってやろうと思ったに」と言いながら出て行ったという。(「郷土研究」一ー七/『民俗語彙』)
【ウミヒメ】 海姫。
隠岐の東郷村大久(西郷町)で、竜宮の神を海姫という。(『民俗語彙』)
【ウミフサギ】 海塞ぎ。
山塞ぎともいう。奄美大島でいい、島影も見えないほどの沖海で帰りを急いでいると、何時の間にか小舟の前方に山が立ち塞がる。慌てずに目を瞑り、念仏でも唱えていれば消える。(恵原義盛「奄美大島の妖怪」季刊「自然と文化」84年秋季号)
【オウバコ】 おうばこ。
山形県の飛島に伝わる海の怪。これに取り憑かれると、まっさきに柄杓を貸せといってくる。その時には、柄杓の底を抜いて貸さないと舟を沈められるという。(「民間伝承」十五ー一)
【オオオトコ】 大男。
安芸の大崎下島の磯前神社へ行き、夢中で牡蠣を取っていると、基盤縞の大男が目の前に立っていた。驚いて逃げ帰ったが、ついてきた。人家のあるところまでたどりついて助かったが、その人は間もなく死んだ。(柳田国男編『海村生活の研究』)
【カイギョ】 怪魚。
沖縄の美里間切古謝村でいい、塩焚きが海に浮んだ一尾の魚を捕らえて帰ると笊の中から「一波寄せるか、二波寄せるか、三波寄せるか」と微かな声がした。塩焚きは不気味になり、魚を海に戻そうと浜に向うと、一人の無頼漢に会った。無頼漢は事情を聞くと笑い、魚をもらって料理した。食べようとしたその時、大津波が来た。(佐喜真興英『南島説話』)
【カイナンボウズ】 海難坊主。
伊豆諸島では日忌み様あるいは海難坊主と呼ばれる妖怪が海から現れる。特に「忌の日」とされる1月24日の夜は音を立てずに早寝する。(「週間朝日百科12」)
【カゲワニ】 影鰐。
出雲国邇摩郡温泉津町でいい、船が航行中、海に投影した船夫の影を鰐が飲むと、その船夫は死ぬという。影鰐の骨を足にさして死んだ話もある。鰐は、この地方で鮫のことをいう。(『民俗語彙』)
【キキンマ】 飢饉魔。
海上に現れ、人間を殺して魔の船で魔の国へつれて行き、六つの耳のついた大鍋に入れて煮て食うという。(知里真保編約『アイヌ民譚集』)
【コロモダコ】 衣蛸。
丹後与謝郡では、小さい蛸だが衣を広げて人も船も包むという。衣の大きさは六畳ほどは有り、普段は貝の中に入っているとされる。(『民俗語彙』)
【ザン】 ざん。
沖縄で人魚をいう。夜遅く、波を渡って海の上から美しい女の声が聞こえてきた。翌日、この声の主を確かめようと三人の若者が船を出した。網にかかったのは半人半魚の生き物だった。この人魚は「空気中では生きて行けない」と泣いて命ごいをした。若者たちが海に帰してやると、お礼に、ほどなく大津波が来ることを教えてくれた。(上勢頭亨『竹富島誌』民話・民俗篇)
【ジャン】 じゃん。
土佐では、海上で夜中この音がすると、漁は全く無くなる。そこから、土佐では事が急に止まることを「じゃん」という。(『民俗語彙』)
【ショウカラビー】 しょうからびー。
小豆島神の浦では、雨の降り出した夕方、海上で仕事をしている人のところへ「杓貸せ、杓貸せ」とショウカラビーという船が来る。帆が反対を向き、自分の乗っている船と大きさもよく似ているので、すぐわかる。(武田明「讃岐・阿波・伊予の妖怪」季刊「自然と文化」84年秋季号)
【シラミ】 しらみ。
北宇和島郡下波村でいうミサキの一種。夜、海が白くなって泳いでくるもの。漁師はこれをバカという。しかし馬鹿というのが聞こえると起って櫓にすがり、散々な目に会わされる。(「旅と伝説」十六ー二/『民俗語彙』)
【ジロムン】 じろむん。
奄美大島で、真っ白いのも黒いのもいるが、早く見ないと兎のように素早く動く。人に障ることはないが、股下を潜られないように足をはすかいに交差させないと災難に遭う。(今野円輔『妖怪篇』)
【シリコボシ】 尻こぼし。
志摩郡和具町の海女は海の中で竜宮さんに行き会えば死ぬと信じていて、それをシリコボシにやられたという。その時の死体には必ず尻に穴があいている。また、同郡布施田村では、天王祭の日に海に入ると、シリコボシに尻から生き肝を抜かれるという。その日がテングサの口明けにあたると、日選びをすることは出来ないので、シリコボシ除けに山椒の枝を糸に絡めたものを胸にかけて海に入る。(「島」二/『民俗語彙』)
【ジンベイサマ】 甚平様。
海に現れる怪で、どこが首か尾か分らぬ程大きく、船の下に入って船を支えていることがある。下を見ると水が淡く光っていて、竿で突くと沈む。これが出ると鰹が大漁だと言伝えられている。(「民俗学」三ー十/『民俗語彙』)
【ソコユウレイ】 底幽霊。
佐賀県でいう海の怪。
五島では海の底に現れる幽霊で、海底に真っ白な姿で見えるという。西彼杵郡平島では、これに憑かれると舟が動かなくなり、海坊主のようになったり、幽霊船になったりするという。(「島」二/『民俗語彙』)
【ダイマナコ】 大眼。
二月八日・十二月八日には「大眼」と呼ばれる妖怪、ハリボクと呼ぶ怪魚が現れる日とされ、これを避けるために目籠を庭に掲げるなどする。この庭に目籠を掲げて妖怪を防禦する日を「事八日」と呼び、各地で行事化した。(「週間朝日百科12」)
【ダキ】 だき。
佐賀県鎮西町加唐島でいい、東唐津の親子三人づれの漁師が海岸に上がって火を焚いていると、見知らぬ女が「魚をくれ」といって近づいてきた。様子が変だと思った父親は、無い魚をとりに子供をやり、子供が無いというと「そんなはずはない」とかなんとか言って父親も船にのりこむが早いか、トモ綱もイカリ綱も切って沖に逃げた。女は「えい、命を取りそこなった」といって悔しがった。これ以来、東唐津の船は加唐ではイカリを下ろすだけで、トモ綱はつけないという。(今野円輔『妖怪篇』)
【タテエボシ】 立烏帽子。
佐渡の外海府で言われ、海の上に得体のしれない高いものが、数十間も立ち上がり、見る間に船の上に倒れ掛る怪。(『民俗語彙』)
【タンゴクレレ】 たんごくれれ。
「桶呉れよ」という意。奄美大島で闇夜仁洋上を航行していると、後方から淡い光が追ってくる気配がしたかと思うと「タンゴクレレ」と叫ぶ声がする。無視すると何処までもついてくるので、底を抜いた小桶を投げてやると消える。底付のままだどそれで船に海水を注ぎこんで沈めるという。(恵原義盛「奄美大島の妖怪」季刊「自然と文化」84年秋季号)
【トモカズキ】 共潜き。
伊豆の賀茂郡南崎村(南伊豆町)では、「海に入ると俺に似た人がいる」という女房を、その夫が叱りつけてまた潜らせたところ、死んでしまったという。三重県のトモカズキの類で、最も素朴な伝承。(今野円輔『妖怪篇』)
志摩の海女に伝わる怪。主に曇天の日の海底で見られる怪で、自分と同じような姿をした魔物。共潜きは必ず鉢巻きの尾を長くしているので判るという。浮き上がっても他には舟がないのに、入ってみるとまたこれを見るという。共潜きは会うと近寄って笑いかけ、アワビをくれたり手を引いたりする。このように物をくれる時は、必ず後ろ手で受けなければならない。これを見た海女は、以降決して海潜きをしない。さらには、二、三日はその話を聞いた隣村までもこの海女のために日待ちをする。また、共潜きを避けるために、鉢巻きなどに魔除け、あるいは魔脅しと称する印を付ける。(「島」二/『民俗語彙』)
【トボシ】 とぼし。
西彼杵郡江ノ島でいい、マヨイボトケと同じような怪。北松浦郡平戸では単にヒという。(『民俗語彙』)
【ナダユウレイ】 灘幽霊。
五島で島や船に化けて人を惑わす怪。船に乗って漕ぎ寄せ、競争することがある。その時、負けると沈没する。また柄杓を貸せといってくるが貸してはいけない。貸す時は、柄杓の底を抜いて貸せばよいともいわれる。
【ナミコゾウ】 波小僧。
親指ほどの子供で、海中に住むが、大雨に浮かれて陸に上がったところ、日照りにあって家に戻れなくなり、ある少年に助けてもらった。なお旱魃が続き困っていると波小僧が現れ「私の父は雨乞いの名人ですから雨を降らせてもらいましょう。今後は雨降りのときは東南に、上がるときは西南にあらかじめ波を鳴らしましょう」といって姿を隠した。間もなく大雨が降った。これ以来、この地方では波の音によって天気を占うという。また、明治三十二年頃、鮎釣りに行ったところ、七、八歳の子供が出てきて、人の足に取りつき、思わぬ大力で水の中に引き込もうとした。鮎の腹かき出し刃で突こうとすると、たちまち水中に消えた。(『静岡県伝説昔話集』/今野円輔『妖怪篇』)
【ニイギョ】 にい魚。
岩手県下閉伊郡普代村黒崎に伝わる話で、海底にいるという少童。三歳くらいの子供の形で、毛の生えた簑を着たような格好をしている。これを避けるため、潜水する時は舷を叩いて海に入るという。(『沿海手帖』/『民俗語彙』)
【ニンギョ】 人魚。
平戸から江戸に向かう船が玄界灘で出会った。女の顔で色青白く、髪は薄赤色で長かった。人々はこんなところに海女がいるはずはないと怪しんだが、女は船を望み微笑して海に没した。ついで魚身が現れ、また没して魚尾が見えた。(松浦静山『甲子夜話』三十八ー二十六)
玄界灘を通る船の舳十余間の海中に出た。人間の姿で下半身は見えなかったが、女で色蒼白く、髪は薄赤色で長かった。船を見て微笑し、海に没したが、魚身が見えて沈んだときに魚尾が出た。これで人は初めて人魚だと分ったという。(松浦静山『甲子夜話』二十ー二十六)
【ヌレオナゴ】 濡れ女子。
愛媛県の怒和島・二神島で、髪が濡れたまま海から出てくる妖怪。宇和地方では海から出てくるとはいわないが、やはり洗いざらしの髪で出てきてニタリと笑うからワライオナゴともいう。こちらも気を許して笑うと一生執念深くつきまとう。(武田明「讃岐・阿波・伊予の妖怪」季刊「自然と文化」84年秋季号)
長崎県対馬では雨の夜などに出る濡れそぼった女の姿をした妖怪をいう。(『方言集』)壱岐でも海あるいは沼から出る全身濡れしずくになった女形の怪をいう。(『続壱岐方言集』/『民俗語彙』)
佐賀県にも長崎県のヌレオナゴと同じ海の怪がある。
鹿児島でも長崎県の濡れ女子と同じような怪がある。(『民俗語彙』)
【ヌレオンナ】 濡れ女。
石見地方でいい、牛鬼の斥候に使われているという妖怪。赤子を抱いて海辺に現れ、人に会うと一寸抱いてくれと頼む。頼むと女は海に入り、代わって牛鬼が出て来る。頼まれた人は驚いて赤子を投げ捨てようとするが、赤子が重い石になって手に吸いついて離れない。そのため思うように走れず、牛鬼に突き殺されてしまう。だから、赤子を抱かされたときは手袋をして抱き、逃げるときは手袋ごと赤子を投げ出すのだという。(「郷土研究」七ー五/『民俗語彙』)
福岡県でもいい、長崎県の濡れおなごと同じ怪。(『民俗語彙』)
【ヌレヨメジョ】 濡れ嫁女子。
濡れ女子と同系の怪で、鹿児島でいう。(『民俗語彙』)
【ヒキフナダマ】 曵き舟魂。
山口県豊浦郡角島(下関市)などでいう。夜中海面が白くなることをいい、これに出会ったら燃えさしを海に投げると逃げていく。(『民俗語彙』)
【ヒチマジムン】 ひちまじむん。
国頭地方でいい、単にヒチともいう。夜道に筵を持っていくとヒチに連れられる。夜、櫛を挿していくと、ヒチに連れられるなどという。(島袋源七『山原の土俗』)
【フナシトギ】 ふなしとぎ。
壱岐の海上で遭遇する怪魚。形はどんこに似て腹の白い両側に四肢がある。これが船に吸い付くと船を止めるという。また、網を伝って船内に入って人間を食うという。(『壱岐郡民俗誌』/『民俗語彙』)
【ボーコン】 ぼーこん。
前述のシオノメと同じ怪。佐渡の海で、夜中に海が一面に光り、密かかな音をサーッとたてる。昼や夕方に浮び出るものはモーシュウという。(『佐渡海府方言集』/『民俗語彙』)
【マヨイブネ】 迷い船。
福岡県遠賀郡などで、主に盆の月に多く現れるという。月の明るい晩に、風に逆らって行く船を見たり、何も見えないのに人の話し声が聞こえたりする。(『民俗語彙』)
【マヨウボトケ】 迷う仏。
福岡県粕屋郡相ノ島などで、暴風雨の夜、見殺しにされた難破船の人などの怨みによる怪火。昔、夜漁などに良く見たという。糸島郡姫島ではただマヨイという。(『民俗語彙』)
【ミサキ】 みさき。
安芸宮島で、山の上や海辺から人を呼ぶ声をいう。(牧田茂『海の民俗学』)
高知県宿毛市鵜来島では、漁に出ているときなど、ミサキが舟に憑くと舟が全く進まなくなる。この時は舟の三ノ間からご飯を炊いた灰を落としてやると離れる。ミサキは海難や非業の死を遂げた人の霊ともいう。七人ミサキともいい、新しいミサキが加わると一人は仏になるので、常にミサキは七人という。(牧田茂『海の民俗学』)
【ムラサ】 むらさ。
隠岐の都万村ではニガシオ(夜光虫の光る潮)の中で、時々まんまるくボーッと光っているものがある。それへ船を乗りかけるとパッと散る。暗夜に突然海が明るくなりチカッと光る。これはムラサという魔物につけられたのだという。そういうときは、刀か包丁を竿の先につけた艫で海面を数回左右に切るとよいとされる。(『沿海手帖』/『民俗語彙』)
【モウレイビ】 亡霊火。
夜間、漁船を走らせていると、突然その前面に帆船などが現れる。衝突を避けようと進路を変えると、また前面に現れる。仕方なく船を止め凝視すると、たちまち船形を無くし燐火が遠くへ疾走する。これは海上遭難者の亡霊と信じられ、漁夫は大いに恐れている。(『牡鹿郡誌』/『民俗語彙』)
甑島ではモウレイ(亡霊)が船になることがあるといい、その船と薄明かりをつけているにもかかわらず、引いた帆の糸までがはっきりと見える。普通の船では見えないので亡霊とわかるという。(『民俗語彙』)
【モクリコクリ】 蒙古高句麗。
三月三日には山に出るといわれ、五月五日には海に出るという。麦畑にたちまち高く、たちまち低く人の形をして、一顕一消する。また、神子浜では鼬に似た小獣で麦畑にいて夜来る人の尻を抜くという。クラゲのような形で海上を群れて漂うともいう。蒙古襲来の時水死した霊魂という。(南方熊楠『続南方随筆』)
【ヨイヨイブネ】 よいよい船。
福岡県宗像郡福間町あたりではマヨイブネの怪を言う。盆の十六日に漁に出ると、この船に会うという。(『筑前伝説集』)ヨイヨイはその船の掛け声であるといわれる。(『民俗語彙』)
【ヨバシリ】 夜走り。
山口県阿武郡相島(萩市)で、白帆をまいてこちらが走ると、向こうも走ってだます。トバヒ(灰)を撒いて音をたてると逃げて消える。(『民俗語彙』)
【ルルコシンプ】 ルルコシンプ(アイヌ語)。
海の神霊で美しい女とされている。これに魅入られた男は、数年のうちに必ず死ぬ。しかし、時には好きな男の憑き神となって幸運に導くという。(菅野茂「アイヌの妖怪」季刊「自然と文化」84年秋季号)
前掲のイワコシンプと同じ怪。コシンプの項で、イワコシンプは山に住み、ルルコシンプは水中に住むとあるので、海に現れる怪はこのルルコシンプが元来のものと思われる。
山の怪
一本だたら
一本だたら。
いっぽんだたら。熊野の山中には今でも「一本ダタラ」という怪物が住むという。その形を見たものはいないが、幅一尺ばかりの大足跡を一足ずつ雪の上に印して行った跡を見るという。『紀伊国続風土記』巻八十、牟婁郡色川郷樫原の条に、昔一踏鞴(ひとつたたら)と称する妖賊ありて、熊野の神宝を奪い雲取の旅人を掠む。とあるのも関連があるのかもしてない。「ダタラ」は「大太郎」で、元は大男の異名であったのだろうという。(『妖怪談義』)
伊勢国伯母ヶ峯に住むといわれた。一本足で師走の二十日に山へ行くと出会う。電柱に目鼻を付けた感じで、くるっくるっとトンボをきって進退する。それでハテノハツカ(十二月二十日)は絶対山入りしない。形が奇怪で、大きく恐ろしい風体だが、人には害を加えないという。(堀田吉雄「伊勢の妖怪」季刊「自然と文化」84年秋季号)
谷川健一氏は、精錬の時に炉に風をおくるタタラを踏み続けて足を悪くした異形の人をいったのだろうという。上記の熊野のヒトツタタラ(一本だたら)の言い伝えの地には妙法銅山があって、伯母峰には赤倉銅山があった。(『日本の神々』)
十津川の西南、和歌山県境の果無山にいる怪。一本足で目が皿のようだという。普段は人を害することはないが、ハテノハツカ、つまり十二月二十日だけは危険だと言って人通りが無かった。はてに人通りがないから果無山という名がついたともいう。(「随筆山村記」/『民俗語彙』)伯母ヶ峰の大猪が亡霊となって一本足の鬼と化したものともいう。名を熊笹王といい、旅人を襲って食ったが丹誠上人が地蔵を勧請してからは出なくなった。ただし毎年十二月二十日だけは鬼の自由にさせたので、この日だけは伯母ヶ峰の厄日として人は入山しないように今も戒めている。(林宏『吉野の民俗誌』)
熊野の山中に住み、その姿を見た者はいない。幅一尺ばかりの大足跡を一足づつ雪の上に印していった跡を見るだけだという。(南方熊楠『全集二』)
安芸宮島でいう一本足の怪。大きな足跡だけがあり、姿は見せない。(今野円輔『妖怪篇』)
天狗
天狗
てんぐ。早池峯山の天狗は、木の実ばかり食べていたが、他の物を食べたいと思い、湯治場で会った遠野の百吉という男を尋ねた。そして、一日に一羽鳥を捕え、毎日二人で焼いて食べたという。(佐々木喜善『聴耳草紙』/『遠野物語拾遺』)
明治の初め、山形の荒沢という所を買い伐採した男がいた。男は二、三年後に古峰ケ原参りに行くと、荒沢の天狗に会う。顔はべんがら色で鼻が高く、目がぎょろりと光っていて、男は身動き出来ず気を失ってしまった。その後、男はめっきり無口な男になったという。また、飽海郡の鷹尾山の天狗は、女を手当たり次第にさらい、金銀財宝を奪っていた。ある時、山中の大木の下で一休みしていた山伏に、陀羅尼品を読まれると身動き出来ないとうっかりしゃべり、声高に経を読まれ退治されたという。(戸川安章「出羽の妖怪」季刊「自然と文化」84年秋季号)
常陸国高岡村(現茨城県高萩市)の農民が山で炭を焼いていると、天狗が現われて二人で相撲をとった。天狗は木をどんどん折ってくれる。ある日、天狗が「お前が四足と二足を食わなければ、一生の暮しをつけてやる」と言い、その代り二人で遊んだことは他言無用といった。ところが天狗の言った意味が分らなかった農民は人に訊ね、つい全てを話してしまう。その翌日からは天狗が現れなくなったという。(大間知篤三「常陸高岡村民俗誌」『著作集』三)
日光山中の院に寄宿したある浪人が、一夜、院内の人が集まって碁を打ったところ、浪人が勝った。浪人は、誇らし気にここには自分を先に打たせる者はおるまいと自賛すると、そこの僧が「そのようなことを言うと鼻の高い人が来るぞ」といって誡めた。すると、その言葉に合わせるように明り障子を隔てた庭の方から「ここに聞いておるぞ」と言うからびた声がした。(津村淙庵『譚海』巻五)
上州では天狗の事を狗賓さまと呼ぶ。また、同国多野郡万場では狗賓を天狗の使者とし、犬に似て、山中でオイオイと呼ぶという。(上野勇『万場の方言』/『民俗語彙』)
奥多摩の氷川と小河内の境の水根渓谷には、川天狗、山天狗がよく出たという。雪の夜や曇りの日に美しい振袖シゴキを締め、唐傘を差して現れたり、物凄い山崩れの音を立てたりさせた。夜には水根沢橋が二本も三本も架かったりしたという。さらには、水根の谷で凄い飛沫を上げる滝を見たり、激流の音を聞くことがあるが、それを覗こうと道の畔に足を踏み入れると真っ逆さまに川に突き落とされる。また、旧小河内村の多摩川の大畑淵には、昔天狗が住んでいたとの伝えがある。人に危害は加えないが、いつもしょんぼり岩の上に座って物思いにふけっていた。ある春に見えなくなったが、秋のある日、盛装した天狗が岩の上に座り、そばに一人の美しい娘が寄り添っていた。その天狗のお嫁さんに膳椀を貸したところ、お礼に熱病の薬としてミミズをくれ、それが良く利いたといわれている。(真鍋健一「奥多摩天狗帖」『炉辺山話』『あしなか』/今野円輔『妖怪篇』)
江戸の天狗は火災が有ると火炎の中を走り回って火勢を助けるという。小石川で火事が有った時、人の鼻をつまみ、耳をひっぱる者があった。馬上の者も被害に会ったが姿は見えず、天狗の仕業とされた。(根岸鎮衛『耳袋』続篇巻十二)
奥多摩地方の御前山で、炭焼きの爺さんの前に美少年が現れ、げらげらと笑った。怒った爺さんはその少年をねじ伏せ口に唐辛子を詰めると、少年と思った者が地を裂くような大声を出し、見る見る鼻が高くなり、顔は真っ赤に、肩から羽根が生えて恐ろし気な天狗になって、何処かに跳び去ったという。(真鍋健一「奥多摩天狗帖」『炉辺山話』/今野円輔『妖怪篇』)
伊豆三宅島では鋸で伐った大木の枝が落ちて来ず、オガムモン(拝む者)に拝んでもらったとたんに中空に止っていた枝がすさまじい音を立て地に落ちた。その木は天狗の住処だったという。またある時、オガムモンの制止を聞かずに道端の松の大木を伐ったが、完全に切り離したにも拘わらず、いくら押しても引いても倒れず、皆が集まってあきれていると、突然轟音を上げて倒れ、数人が重傷を負ったという。(大間知篤三「三宅島聞書」『神津の花正月』)
上総出身の男が、三月の五日両国橋で気分が悪くなり、気付くと信濃善光寺の門前に居り、日付は十一月二十八日になっていた。ようやく知り合いに巡り会い江戸に戻ったが、五穀が食べられずサツマ芋ばかりを食し、糞をすると木の実のようなものが出る。これがどうにか治まると腹中の様子が快くなり元の身体に戻った。これは天狗にさらわれ、半年間余り天狗と暮していたためだとされた。(松浦静山『甲子夜話』)
多摩川上流の天狗淵では、網を打とうとした漁師の頭上に雨のような砂が降り漁にならなかったり、別の漁師が網を打とうとしたら、女房が現れ「子供が急病だから、早く帰れ」と叫んだ。漁師は帰り支度を急ぎ女房の後を追うように家に返ると、家には何事も無く、女房は迎えに行った覚えが無いという。これらは皆天狗の仕業といわれている。(真鍋健一「奥多摩天狗帖」『炉辺山話』/今野円輔『妖怪篇』)
相模国津久井郡若柳下の寺尾の渡船場付近にいて、怖いもの知らずの若者が夜、ここを通ると、風もないのに路傍の楢の木が麦穂打ちのようにバタンバタンと動いて通れなかったという。少し鎮まってようやく通り抜けると、今度は上から生暖かい息を後頭部に吹きかけられて思わず尻餅をついてしまったという。(鈴木重光『相州内郷村話』)
越後岩船郡三面布部(朝日村)などではゴヒンサマというが、山ではこの言葉を使わず鼻の高い人という。山の頂上から向うの山まで二斗臼を転がすというが、それを見た者はいない。(『布部郷土誌』/『民俗語彙』)
越後南蒲原郡本成寺村のある男が、常々天狗になりたいと言っていた。ある日、その男が誰かに呼び出されいなくなったので、村中で捜索すると大欅の下に下駄がきちんと整えて置いてあった。人々は彼が天狗になって昇天したのだと言い合った。それから山中で木を切る音をさせる者を狗賓さまという。(外山暦郎『越後三条南郷談』)
越後南蒲原郡大面村の旧家の当主はゴヒン(天狗)の存在を信じていた。風もないのに裏山に積んでおいた薪のうち自分の持ち分だけが飛んで持ち去られていたり、畑で仕事をしていると不意に二、三間も放り投げられたり、帯戸が人の寄り掛かったようにガタガタ音をたてるなどの現象をグヒンの仕業といっていた。また、人のいない部屋で咳の音がしたり、行者のような服装をした痩せ形の鼻髭を生やした男が座敷に入っていったり、媒酌した縁談が元に戻らない事を告げにきたりするなど、皆ゴヒンの仕業で、ゴヒンは必ず相談に乗ってもくれるのだと信じていたという、(外山暦郎「越後の天狗の話」「郷土研究」三ー四/今野円輔『妖怪篇』)
明治の初め頃、信濃の上手村の頭の少し足りない男が畑に行ったまま行方知れずになった。鉢伏山の横峰で死んでいるのが見つかったが、男はそこらじゅう連れ回されたあげく、殺されたようだった。村人は男が使い物にならなかったので、天狗に殺されたのだろうと噂し合ったという。また、明治の終り頃、寿村の子供が十二、三里も離れた鉄道線路で泣いていたり、行方不明になった子供の着物だけが一年後、高い木の枝に付け紐を結んだままひっかかっていたことがあり、これらはみんな天狗の仕業と言われた。(小口伊乙「信州松本在の天狗」「郷土研究」五ー七)
信州松本地方では、神隠しに会う事を天狗様にさらわれるという。天狗様にさらわれそうになった時は「鯖食った鯖食った」と唱えれば難を免れる。天狗は鯖が嫌いだからとされていた。(平瀬麦雨「信州の天狗」「郷土研究」三ー八/今野円輔『妖怪篇』)
駒ヶ岳山頂で夜半、錚々と鳴る音がしたと思うと背に羽翼を生やし竹竿を担う者二人が飛んできた。一人は一人の背に跨がっている。これが王なのだと思われた。錚々と鳴る音は天狗の羽翼の羽ばたきの音だった、(松浦静山『甲子夜話』)
信州鹿教湯の山奥で、炭焼をさらい、天空高くから落とし微塵にした。天狗は「村人が炭を焼くのは良いが、他村から焼きに来るとこの通りだぞ」と言ったという。(小山真夫『小県郡民譚集』)
比叡山で、大衆(たいじゅ)が集会を行ったときのこと、卜一検校が平家物語を弾じた。平家物語の「山法師織りのべ衣うすくして恥をばえこそ隠さざりけれ」と、叡山の僧徒の醜態ぶりをわらった落首のくだりを語るとき、下句をかえて「いかに心のすずしかるらん」と直して語ったので、大衆はあっと感心し、曲が終ったとき同音に褒めそやした。卜一はこれで大いに気をよくし、慢心して山を下ってくると、途中で思いがけず急に日が暮れてしまった。行く手に明りが見えるのを便りにたずねて行き、そこで宿を借りることにした。その家の亭主が挨拶に出て、平家を一曲所望した。卜一は心中侮って、あそこここを略して語ったところ、亭主が、
鶯の声ばかりして一の谷平家は落ちて聞かれざりけり
と詠んだ。と思うと、たちまち天地はもとの明るさに戻った。これは検校の慢心をいましめて天狗がやったことだということだ。(『醒睡笑』巻一)
美濃の郡上郡大豆村では、風呂に入っていた男が天狗に取られた。後、自分の家の庭にある三囲みほどの松の木の梢にいた。その松は日頃から祟りがあるといって枝も伐らず、天狗が来ると噂されていた。(三好想山『想山著聞奇集』)
河津郷の某村長が夜遅く片瀬山を越えようと峠に近い松の木の下を通ると、ひょっこり天狗が出た。無視して行き過ぎようとすると、後ろからやおら抱きつき、傍の谷底深く投げ込んで傷を負わせた。また、大瀬崎に祀られている天狗は夜、淡水の池の傍にある舟に乗り、朝になると上る。朝早くその舟を見ると滴が垂れているのでわかるという。(『静岡県伝説昔話集』)狩人が真っ暗な夜に「これじゃ鼻をつままれても わからないなあ」と独り言をいうと「これでもか」といきなり鼻をひねられた。その後、ゴーとい家鳴りがした。これは天狗の仕業といわれた。(八幡野区郷土史編纂委員会『ふるさとの歴史ー八幡野・赤沢』/今野円輔『妖怪篇』)
明治時代に、紀伊の西牟婁郡三舞村に住む金子徳兵衛が川に落ちた所を天狗に助けられた。以来、彼は天狗と交際するようになり、天狗に乗せられて空を飛び所々を見て回っていた。これを巡査に咎められ、天狗は徳兵衛が悪いと両手を離れないようにしてしまった。ある時、錫の音が聞こえ天狗が現われ、鉄扇を持った徳兵衛が家を出てると十歩もしないうちに姿が消えたという。天狗の足跡は人間の三倍もあり、村人はここに社殿を建てて祀った。また、西富田村串ヶ峰の天狗谷に間宮イン八という男が行き、夜半になって赤松の上から「薪をやろうか」と声があり「薪を買おう」と答えると女の首が落ちてきた。火にくべるとその首はニタニタ笑った。「またやろうか」というので「今度はこちらがやるぞ」と銃で撃つと手応えがあった。その後、村人が八湯崎温泉に行くと「イン八に翼を撃たれた」という僧に会ったという。鉛山の猟師にも似た話が伝わる。(雑賀貞次郎『牟婁口碑集』)
天狗。広島県山県郡雄鹿原村の人が日浦村の渡し場まで行くと大きな坊主が現れて「背中に乗れ、目をつむれ」といった。乗るとスイスイ風が吹いたと思ったら降ろされた。見ると橋山の中谷にいた。樵夫に疑われ、あやうく殺されそうになったという。(『大間知篤三著作集』三)
【イマノヒト】 例の人。
能登で天狗の事をいう。またオオシトともいう。
【カラステング】 烏天狗。
六歳の男の子が石鎚山の山頂でいなくなった。いろいろ探したが見つからず、やむなく家に帰ると真っ黒い大男が出て来て子供をたしなめ「送ってあげるから目をつぶっておいで」と優しく言い、気がつくと自分の家の裏庭に立っていたという。(末広昌雄「伊予路の天狗噺」「あしなか」116/今野円輔『妖怪篇』)
【グヒン】 狗賓。
天狗のこと。庵原郡両河内村では、日頃信心深い若者がグヒンの手に乗せられて竜爪山に連れていってもらった。この時、村が丸焼けになったが、その若者の家だけは助かったという。また、ある時、病気が流行し、老婆が子供を背負って山に逃げた。すると大きい音がして「おーい」と呼び、一晩中小屋を揺すったり笛を吹いたり太鼓をたたく音をさせたという。さらに、天狗石という所では笛太鼓の音が賑やかに聞こえるという。(井之口章次『日本の俗言』)
狗賓。安芸宮島で、山に行った人が背負子や持ち物を置き、小休止しているわずかな間に荷物や背負子を隠されることがある。狗賓の仕業という。(平川林木「山陽路の妖怪」季刊「自然と文化」84年秋季号)
【グヒンサマ】 狗賓さま。
上州・越後で天狗を云う。狗賓という字を当てるが、用義は不明。天狗の異名だが、知多郡では鬼火の一種をグヒンと呼ぶ。(『民俗語彙』)
【グヒンサン】 狗賓さん。
天狗の類。近江国高島郡のある人が幼い時、絵に描いたグヒンサンのような男に連れられて大空を飛び、祭見物をしたという。翌日、その男がまた現れて、その人を阿弥陀山の頂上に置き、高島郡大溝に火をつけにいったが、隙間がなくて失敗したという。(高谷重夫・橋本鉄男『朽木谷民俗誌』/今野円輔『妖怪篇』)
【コノハテング】 木の葉天狗。
大井川では暗夜の深更、鳶のような翼が六尺余の大鳥のようなものが、川面に多く飛んできて、上り下りをして魚をとっていた。人の音がすると、たちまち飛び去った。これは、特に術を持たない木の葉天狗であるという。(『菊岡沾涼『諸国里人談』二)
【シバテング】 芝天狗。
徳島県三好郡祖谷山地方でいい、山にいて大きな物音をさせる。バリバリと木を切る音をさせたり山崩れの音をさせて人を驚かす、(武田明『祖谷山民俗誌』)
【シュゴヒンサマ】 守護神様。
三河地方で天狗をいう。毎月七日は山に入ることを忌み、この日に木を切ると守護神様に罰せられるという。特に十月七日にはそのお祭りをする。守護神様は賑やかなことは嫌いで、山小屋は静かにしていないと、石を投げられたとか、攫われたという話もまれではないという。(「郷土研究」二ー十二/『民俗語彙』)
【テングサライ】 天狗攫い。
子供が急にいなくなり、死んだものとして四十九日の法要をしていると、その子供が木の枝を軽々と歩いている姿が見えた。それからしばらくして戻ってきて言うには、天狗に攫われ、毎日お饅頭だといって馬糞を食わせられ、木の枝をとび歩く術を教えてもらったという。(『静岡県伝説昔話集』/今野円輔『妖怪篇』)
『花と火の帝」の岩介を彷佛とさせる話。
【テンゴヌカミ】 天狗の神。
奄美大島で、大工の棟梁が嫁迎えのため六十畳の家を一日で作るので、藁人形に息を吹きかけて生命を与えて使った。これがテンゴの神で、二千人を山に、二千人を海に返した。器用な神、大工の神とされる。(田畑英勝『奄美大島昔話集』)赤ら顔の逞しい山伏のような姿で、神隠しをしたり姿が見えないのに大木を倒して人を驚かす。少年をさらって山奥で魔法を授けるともいう。(恵原義盛「奄美大島の妖怪」季刊「自然と文化」84年秋季号)
【ハテンコ】 はてんこ。
信濃上伊那郡伊那里村で天狗をいう。大きな音をたてるという。
【ボウズコ】 坊主子。
土佐郡土佐山村で、芝天狗をいう。(桂井和雄『土佐民俗記』/『民俗語彙』)
天狗倒し
天狗倒し。
てんぐだおし。常陸の土岳では、山中で木を倒し石を転がす音がすることを、天狗倒しという。(大間知篤三「常陸高岡村民俗誌」『著作集』三)
埼玉県の飯能のブナ峠近くの三角点が置かれる山などでは、夜、山小屋などに泊っていると、外で木を伐ったり、ドスンとそれが倒れる音がする。翌朝、小屋の周囲を見て回るが何も異常はないという。同県入間郡南高麗村でも同様の話がある。(神山弘『ものがたり奥武蔵』/松谷みよ子『現代民話考』1)
加賀山中、高塚村の菩提領境で小屋掛けして泊まっていると、夜中に小屋を礫で打つ者があり、刃物を研ぐ音も聞こえた。かがて木をきる音がしたという。(『聖城怪談禄』/岩井宏実『暮しの中の妖怪』)
越前石徹白村の山中では、木を切る音がし、木の倒れる音がする。また、あたりの木がゆらぎ、鷹などがスーっと風を切る音と似た音を聞くという。この時、ヨキ(斧)を捨てて帰るとよいと言われている。これを天狗の捨てヨキといった。(宮本常一『越前石徹白民俗誌』)
美濃国揖斐郡徳山村で、木を倒す音をさせる怪。遠くからは木が倒れるのが見えるが、側へ行くと倒れていない。これは天狗様の遊び仕事とされている。郡上郡大和村徳永でも同様の話がある。(高橋文太郎「奥美濃の民俗」/松谷みよ子『現代民話考』)
【カラキガエリ】 空木返り。
後掲のソラキガエシ(空木返し)、テングタオシ(天狗倒し)と同じ怪。宮城県遠苅田地方でいう。夕方、薄曇りの日などに奥山で木を伐る音がするが地面に倒れる音はしないという。(『民俗語彙』)
【カラキダオシ】 空木倒し。
越後国岩船郡三面村(朝日村)でいい、奥山に泊っていると夜間聞こえる音。斧を使って木を倒す音をさせる。地面に倒れる音はしない。狢の仕業とされている。(『布部郷土誌』/『民俗語彙』)
【ケボロキ】 けぼろ木。
奥羽地方の山村で、山中で聞こえる怪音をいう。空木返し、天狗倒しと同じ怪。(「旅と伝説」九ー四/『民俗語彙』)
【ソラキガエシ】 空木返し。
天狗倒しのことを福島県の田村郡、又会津でもそういっている。鹿児島県の東部でも空木倒しという。斧の音、木の倒れる音はして、地に着く音だけはしないと前者ではいい、他の一方でもまるで木を倒す通りの音をさせるが、たった一つ材木の端に牛の綱を通す穴をあける音だけはさせぬので、真偽を聴き分けることができるという。その音のする場所は一定している。
【ソラキダオシ】 空木倒し。
鹿児島県肝属郡百引村でいわれ、ヤマノカミノキダオシともいい、一定の場所で起きるという。この音には牛に曵かせるために材木に穴を開ける音は伴わないなど、どこか普通の音に欠けることがある。(『民俗語彙』)
【テングナメシ】 天狗なめし。
普通には天狗倒しというが陸中上閉伊郡などは天狗なめし、ナメシの語の意味は不明である。木を伐る斧の音、木の倒れる葉風の感じなどもあって、翌朝その場を見ると一本も倒れた木などはない。(『遠野物語』)
【ヤマアラシ】 山嵐。
吉野郡大塔村で、山で木を伐る音をさせる怪をいう。(宮本常一『吉野西奥民俗聞書』/『民俗語彙』)
子泣き爺
児啼爺(子泣き爺)。
こなきじじい。阿波の山部の村々で、山奥にいるという怪。形は爺だというが赤児の啼声をする。あるいは赤児の形に化けて山中で啼いているともいうのはこしらえ話らしい。人が哀れに思って抱き上げると俄かに重く放そうとしてもしがみついて離れず、しまいにはその人の命を取るなどと、ウズメやウバリオンと近い話になっている。木屋平の村でゴギャ啼キが来るといって子供を嚇すのも、この児啼爺のことをいうらしい。ゴギャゴギャと啼いて山中をうろつく一本足の怪物といい、又この物が啼くと地震があるともいう。
形は爺だが赤子の泣き声をする(赤子の形に化けて山中で泣いているというのは作り話らしい)。人が哀れに思って抱き上げると、急に重くなり放そうとしてもしがみついて離れず、ついにはその人の命を取るという。(『民俗語彙』)
【ケシボウズ】 けし坊主。
徳島県の東祖谷西山の彦太郎谷にたくさん出る。赤子の妖怪で、頭の上毛を剃っている。ギャアギャアと啼きながら出て来る。(武田明『祖谷山民俗誌』)
【ゴギャナキ】 ごぎゃ泣き。
高知県高岡郡新居浜では、形は赤子のようで色白く、夜、赤子の泣き声を出して、行く人の足にまといつく怪。その時は、草履を脱げば立ち去るという。(広江清編『近世土佐妖怪資料』)
徳島県麻植郡木屋平の村では、ゴギャナキが来るといって子供を脅す。子泣き爺と同じものらしい。ゴギャゴギャと泣いて山中をうろつく一本足の怪物といい、これが泣くと地震があるともいう。(『民俗語彙』)
山姥
山姥。
やまうば。ヤマンバとも言う。山姥山姫の話は信越の境の山々を始めとして、山国の里に多い。阿波の半田の奥の中島という村の山には、山姥石という大きな岩がある。この辺には山姥が住んで、ときどき里の子供を連れて岩の上に出て来て火を焚いてあたらせることがある。それを見たという人も以前にはあったそうな。今では単なる童話中の妖怪にまで零落しているが、山姥も最初は山をめぐり里に通うて、木樵の重荷を助け民の妻の紡織を手伝ったという説があり、北ヨーロッパのフェアリーなどと同じく、単なる空想の産物ではなかったろう(『妖怪談義』)。
岩手のヤマンバは、狼のようだがそれよりも口が裂けているという。牛を取るなどあまりにも悪さをするので山伏に祈ってもらったら出なくなったという。(『芸能』三・十/今野円輔『妖怪篇』)
山形では、男が山姥に追われ木の上に逃げると、山姥も追って来て木に取りついてた。しかし、木登りが得意では無いらしく、苦労しているので、「その枯れた枝に掴まれ」と男が言うと、山姥は言われるまま枯枝に掴まり、枝が折れて落下、死んだか気絶したか山姥は動かなくなり難を逃れた話が伝わる。(国学院大学説話研究会「山形村霜畑の昔話と伝説」/今野円輔『妖怪篇』)
八丈島の山姥は一本足で、竹の杖をついて歩きまわるという。(大間知篤三「八丈島」『著作集四』)
越後の西頸城郡小滝村には、川床から三十間もある岩の上で髪を梳いていた山姥がいて、その髪は水面まで達していたという。また同村大所の某家で、苧を紡んでいると山姥が現れ手伝ってくれたという。山姥は苧を噛んでは引き出し、またたく間に一桶を紡んでしまった。山姥が一歩外へ出ると、その姿はもう無かったという。(小池直太郎『小谷口碑集』)
近年の「ヤマンバ」と同じ。しかし、昔の人が山姥に出逢うよりも、現代の「ヤマンバ・ギャル」に夜道で出逢うほうがびっくりするかもしれない。
信濃の東筑摩郡では、山姥は朝日が昇るとき「オーイオーイ」と声を出し、昼頃には石のように固くなるとされていた。(「民族」1ー1/『民俗語彙』)また、南安曇郡豊科の暮れ市は旧暦十二月十九、二十日、魚市は二十五日とされていた。この暮れ市のある日の早朝に山姥が酒屋に来て「五升くれ」といった。出した瓢箪は三合も入らないものだったが、入れると酒はいくらでも入る。山姥が出ると市の相場が下がるというので、人々は買い出しに出たという。(小池直太郎『小谷口碑集』)信濃下伊那郡では、山姥をヤマオンバという。(『民俗語彙』)
北設楽郡に山姥が来て、石臼や篩を借りた話が伝わる。(「民族」三ー一/『民俗語彙』)
丹波愛宕郡花背村(現京都市右京区)には、正月に山の神が白兎に乗って田へ下り、作物の種を蒔いて悪戯をするという。(「ドルメン」四ー一/『民俗語彙』)
出雲地方の山姥は人の見る前では物を食わず、見ていない時に頭の上の口から数日分を一度に食べるという。(「郷土研究」一ー七/『民俗語彙』)
徳島県三好郡祖谷山地方の山中に出て、負うてくれというときがある。荷の背負い縄の先を丁度は揃わないように、長さを違えて結わえておくと山姥は背負えといわない。もし山姥が出たら「負い縄が短いから今度ながくするから待ってくれ:という。山姥の重さは小豆三斗程という。西祖谷には山姥が掘ってくれた田があり、洗濯物を取り入れてくれたこともあるという。(武田明『祖谷山民俗誌』)
八代郡柿迫村の山姥は、山から子供を抱いてきて「ちょっと抱いてくれ」と頼んで姿を消すという。また、上益城郡緑川では、山姥の髪の毛を見つけた猟師がいる。三尺くらいのもので、猟師はそれを山の神のところに置きに行った。するとヘクソカズラに小銭をつないで掛けてあったが、これは山姥の仕業という。(丸山学『熊本県民族事典』/今野円輔『妖怪篇』)
【ヤマジョロウ】 山女郎。
熊野八木尾谷のネジ滝には、乳房が長く垂れ、丈をなす黒髪で、色はあくまで白い女がいた。ヤマンバとも伝えられ、またその洞窟の近くに田螺の殻が夥しくあり、生臭かったともいわれ、大蛇の怪かとも言われる。(林宏『吉野の民俗誌』)
北宇和郡明治村目黒では、子供を抱いた女といい、これを見た人はいっさい人に語ってはならないといわれている。(『民俗語彙』)
徳島県三好郡祖谷山地方の西祖谷山と三名村の境に金の団扇を手に下げ十二単衣のお姫さまの姿で出た。東祖谷山ではキリダニに娘の姿でよく出るという。(武田明『祖谷山民俗誌』)
【ヤマノカミババ】 山の神婆。
美濃の武儀郡下牧村では十一月七日に山の講を行う。この日に山へ行くと山の神婆に会うので山には行かない。山に入り山の神婆に会うと、婆は必ず自分に会ったことを人に告げるなといい、もし人に告げるとその人は死ぬという。(「民俗学」二ー十/『民俗語彙』)
【ヤマババア】 山婆。
磐田郡水窪町の根部落の某家に、昔、山婆が来て休んだ話がある。木の皮を綴ったものを身にまとった、柔和な女で、釜を借りて米を炊いた。二合ばかりの米を炊いたのに、釜に満ちあふれた。特に変わったところもなかったが、最初縁側に腰掛けたとき、床がミリミリと音をさせたという。(『民俗語彙』)
【ヤマンバ】 山婆。
愛媛県の宇和地方で、奥山に住んでいて人の子を攫って歩く。口が耳元まで裂け、唇にはいつも紅の血がついているが、これは里の子を食べたときについたという。(武田明「讃岐・阿波・伊予の妖怪」季刊「自然と文化」84年秋季号)
その他 ア・カ
その他の山の怪
【アカアシ】 赤足。
福岡県の山中で正体を見せず、綿のようなものを往来の人にからみつける。(『民俗語彙』)
【アモロウナグ】 天降女子。
天女。奄美大島で、鬱蒼と茂る樹木に覆われた渓谷の淵や滝壺の水溜まりで水浴する天女。危害を加えることはない。(恵原義盛「奄美大島の妖怪」季刊「自然と文化」84年秋季号)
【イッシャ】 いっしゃ。
徳之島で魚を釣り目玉を取る話がある。沖縄のキジムンに近い怪。(『民俗語彙』)
【イベカリオヤシ】 飯べ借りオヤシ。
マワオヤシとも云い、「食べ物ねだりをするおばけ」という意味。山野で火を焚いて弁当の包みをといていると、突然後ろから「食べ物おくれ」と手を出してくる。いわれるままに食べ物を与えるときりがなく、火で真っ赤に焼いた石を掌にのせてやる。すると「無いなら無いと、なぜ言ってくれない」とさけんで退散するという。石が無いときは燠(おき)でも良い。(知里真保編約『アイヌ民譚集』)
【イワエツゥンナイ】 イワエツゥンナイ(アイヌ語)。
山などに現れ、石や木などすべてを突き抜けて飛ぶ一つ目の怪。(吉田厳『人類学雑誌』)
【イワポソインカラ】 イワポソインカラ(アイヌ語)。
山中の岩や崖の中にいて、人間に悪さをする怪。姿はみせない。(菅野茂「アイヌの妖怪」季刊「自然と文化」84年秋季号)
【イワメテイェプ】 イワメテイェプ(アイヌ語)。
山の魔という意味。ザンバラ髪で出て来て、山狩りに行った人に熊をけしかける。木立の空洞の中などに住む。(知里真保編約『アイヌ民譚集』)
【ウバトウイ】 うばとうい。
宇婆と呼び声の意。奄美大島で、山道を一人で歩いていると「ウイ(おい)」と呼び掛ける。振り向いても誰もいない。気のせいと思い歩き出すとまた「ウイ」と呼ぶ。宇婆の仕業という。(恵原義盛「奄美大島の妖怪」季刊「自然と文化」84年秋季号)
【オゴメ】 おごめ。
奥多摩の山中では、姿は見えないが樹上で赤ん坊のような声を出して泣くものがいて、それをオゴメといった。また、オゴメ笑いと云って、時に高笑いをするという。(『沿海手帖』/『民俗語彙』)
【オニ】 鬼。
『基礎知識』「鬼」の項参照。
【オマンノハハ】 お前の母。
山にいる怪で、香川県琴南町美合の中熊の山中にオマン岩と呼ばれる岩があり、ここに来ると「オマンノハハでござります」と老婆が出てくる。(武田明「讃岐・阿波・伊予の妖怪」季刊「自然と文化」84年秋季号)
【オラビソウケ】 おらびそうけ。
肥前東松浦郡の山間でいう。山でこの怪物に遭い、おらびかけるとおらび返すという。筑後国八女郡ではヤマオラビという。オラブとは大声に叫ぶことであるが、ソウケという意味は判らぬ。山彦は別であって、これは山響きといっている。
「おらびそうけ」の「おらび」が大声だとすると、「おらび・そ・うけ」で、「うけ」は「受け」か。
佐賀県で、おらびかけるとおらび返す怪。オラブとは大声で呼ぶこと。山彦とは別物で、山響きのことという。福岡県のヤマオラビと同じ怪か。(『民俗語彙』)
【オンボノヤス】 おんぼのやす。
福島県の田村郡の山中に出る怪。これに会うと霧を吹かれ道に迷うから気をつけろといわれる。(「民間伝承」五ー一/『民俗語彙』)
【カシャンボ】 かしゃん坊。
熊野地方にでるという妖怪。頭は芥子坊主で、青い衣を着ている美しい六、七歳の男児で、人を惑わし、涎のようなものを垂らして牛馬を苦しめる。足跡は水鳥のようだという。(『民俗語彙』)
【カタアシジョウロウ】 片足上臈。
八名郡山吉田村(南設楽郡鳳来町)栃の窪からはだなしの山にかけての山中に住むという怪。狩人の獲物を狙うといわれ、また、山に紙緒の草履を履いていくと、必ず片方を取られるといわれた。(『民俗語彙』)
【カミナリサマノトシトリバ】 雷様の歳取り場。
蓼科高原にあった。天狗の相撲場と類似のものか。(『四郷譚叢』/『民俗語彙』)
【カヨーオヤシ】 カヨーオヤシ(アイヌ語)。
人呼びお化けの意で、山狩りに行った時など、どこかで「おーい」と呼ぶ。うっかり誘われて行くと命が無い。(知里真保編約『アイヌ民譚集』)
【カワウバ】 河(川)媼。
杣人が山小屋にいると、夜「己が子供たちが大いに世話になって忝い、皆の衆に演ずるために来たれるなり」という。月の明るい夜だったが姿が見えず、その声はしゃがれていたという。(平尾魯僊『谷の響』巻一ー四)
【キムナイヌ】 キムナイヌ(アイヌ語)。
「山の人」の意。頭がつるりと禿げているので「ロンコロオヤシ」ともいう。山中で重い荷物を運んでくれたりするが、禿頭の話をすると憤慨して山を荒し、急に雨を降らせたり、どこからか木片を飛ばしたり、通りすがりに大木を倒したりする。血を恐れるという。(知里真保編約『アイヌ民譚集』)
【キムンアイヌ】 キムンアイヌ(アイヌ語)。
山住人という意。山男山姥の種類とされる。ある時、人を殺し、とある洞穴に逃げ込んだが、追い詰められ、謝罪としてエカヨブ(篩)の小さいものを一つ投げてよこしたという。(吉田厳『人類学雑誌』)
【キリイチベエ】 桐一兵衛。
新潟県南蒲原郡でいわれ、これを斬ると二人になるという怪。斬一倍の転訛とされる。(『加無波良夜譚』/『民俗語彙』)
【コボッチ】 こぼっち。
遠江地方では小童の形をした山中の怪という。(「土の香」五一)また、水中の怪ともいい、河童の歳を経たもののように言われてもいて、水中に引き込むとされる。(「土の色」三ー六)磐田郡の山村では、これをクダギツネともいう。山間の谷間、グミの林に住み、往来の人をたぶらかしたり、憑いたりする。鼬に似た獣で病人に憑いて、見たことのないものを千里眼のように語らせるといわれている。(「土の色」十二ー三/『民俗語彙』)
サ〜ワ
【サトリ】 さとり。
人の心を読むという怪物。あるいは山男で、人の心を見抜くとされ怖れられた。(柳田国男『山東民譚集』)
柳田氏は『妖怪談義』の中で、昔話に出て来る怪物で、山彦からの連想で生まれたものかもしれぬと言っている。
山男、ヤマオジ、ニタともいう。丸裸で松脂を塗り髭が全身を被っている。言語も通じず生食を常とする。猴類で二手二足、人の心中を察し、生捕りにしようと思ったり害しようと思うとたちまち消え去る。(南方熊楠『南方随筆』)
【サメ】 さめ。
隠岐の都万村の山奥にいるとされる獣。見た者はないが、みなそれらしい気配を感じて逃げ帰るという。(『沿海手帖』/『民俗語彙』)
【サンキチオニ】 三吉鬼。
秋田県で、いつしか人里に降りて来て酒屋で大酒を呑むようになった。無理に代金を請求すると、仇をなしたが、黙って帰すと、その夜、酒代の十倍もの薪を戸口に積んでおいてくれるという。酒を供えると、人力に及ばない助力をしてくれる。(只野真葛『むかしばなし』/今野円輔『妖怪篇』)
【サンセイ】 山精。
「やまびこ」の事をいう。(「週間朝日百科」12)
【シチ】 しち。
真黒で山道を歩くと立ち塞がって人の邪魔をする。山原地方ではクルク山のシチマジムンが有名。(金城朝永「琉球妖怪変化種目」/「郷土研究」五ー二)形の見えない、ぼんやりした霞か風のようなもの。板戸の節穴からでも出入りし、人に危害は加えないが、一週間でも二週間でも連れ出して迷わす。時には墓穴の中に閉じ込めることもする。これに出会ったと思ったら、男は褌、女はハカマ(パンツの大きいもの)を脱いで打ち振るか頭に被るとよい。時には草木にしがみついているだけでもよく、鶏が鳴くとは馴れる。(島袋源七『山原の土俗』)
【ジュウニサマ】 十二様。
上越国境の山村で山の神のことをいう。利根にアンバノタワという峰続きの鞍部があり、沢山の鳥がここを山越えの通過場所としていたことから、十二様はここに網を張ることを禁じていた。ある時、小林六三郎という男が大胆にもトヤを張った。十二様と六三郎は小競合いをするが、六三郎は構わず炊事をして食べようとすると「おれにも食わせろ」と屋根の上から毛の生えた黒い手を伸して鍋を掴む。取合いが始り、六三郎が勝つが、怒った十二様は屋根に手を掛け揺すって小屋を潰してしまう。さすがの六三郎も肝を潰し、謝ると、翌朝までに小屋は元通りになっていたという。また、十二様は天狗だとも云われている。(都丸十九一『消える山村の風俗と暮し』/今野円輔『妖怪篇』)
【スンデ】 すんで。
信州北安曇郡では、山の講の日にはスンデが出るので、山入りしないという。(『民俗語彙』)
【セコ】 せこ。
河童が山に上ったものをいう。長崎でもいわれる。
河童の山に登ったものという。球磨郡球磨村神瀬や上益城郡白糸村ではセコはヒョウヒョウ、あるいはキチキチと鳴くという。じいさんのような声も出せば、子供声も出す。仙人はその声でセコの機嫌を察知する。また、木を倒し竹を折り、石を割るような音をさせるが、その場所へ行っても誰もいないという。(『民俗語彙』)
大分県で、河童が山に登ったものをいう。南海部郡大島(鶴見町)では、セコは六、七歳くらいの童子の形をし、頭は芥子坊主、日和の変わり目にカッカッと鳴いて群れをなして山へ登る。これに騙されて道に迷ったり怪我をしたりする。とくに焼き餅を懐に入れて山へいくとセコが欲しがるという。(「豊後大島調査報告」/『民俗語彙』)大野郡野津川町西神野の狩人もセコの存在を信じている。二、三歳の子供の姿で人まねし、話し声がする。女や子供の手を引くなど悪戯をするが、屋内には入ってこない。家や小屋をセコの通路に建てると揺さぶる。セコは鰯の頭を嫌いので「鰯をやるぞ」というと障りをしないという。(千葉徳爾『狩猟伝承研究』正)
セココともいい、河童が山に登ったものという。宮崎県児湯郡西米良村ではカリコボともいい、狩勢子のようにホーイホーイと呼ぶのでセコという。十月頃から山に入り、山中でいろいろ音をさせ、山小屋を揺すったり山を鳴動させる。山でこれに会ったときは鉄炮を撃ち放つか、読経するか、あるいは言い訳をする。(『民俗語彙』)二、三十群れをなして往来し、その話し声はヒウヒウとだけ聞こえ、大きな一つ目であるという。(『水虎録語』/柳田国男『山東民譚集』)
【タキワロウ】 崖童。
山口県大津・阿武両郡などでいう怪。タキは崖のことで、大津郡川尻岬ではタキワロウに会った人が長く患ったという。阿武郡大島ではタキワロウがグミだといってコガの実を一杯くれたという。タキワロウは山に三年、川に三年いる。これが海に入るとエンコになる。(『民俗語彙』)
【タチッチュ】 たちっちゅ。
山原地方で、夕方、山から杖をついて下りてきて、子供を攫って行く。非常に力が強くて、村の若者でもこれと相撲を組んで勝てる者はいないという。(金城朝永「琉球妖怪変化種目」/「郷土研究」五ー二)
【テアライオニ】 手洗い鬼。
高松から丸亀あたりに出る。三里の山をまたぎ、大海で手を洗うという。(『民俗語彙』)
【テッヂ】 てっぢ。
伊豆八丈島では、人を神隠ししたり、一晩中あらぬ所を歩かせるテッヂという怪が出るという。テッヂは、テンヂ、テッチ、テッヂメなどとも呼ばれ、身体に瘡が出て、乳房をたすきのように肩に掛けり秣を運んで貰った人がいたり、行方不明の子供を三日も養ってくれたとも言われている。(大間知篤三「八丈島」『著作集』四)また、山神に憑かれた者を八丈島ではテッチササリと呼ぶ。(『民俗語彙』)
【テングツブテ】 天狗礫。
加賀大聖寺町の菅生石部神社の神主が石礫にあった。上の山から足元に落ちてくるので進めない。立ち止まって見ると石は一つも見当らない。川にも落ちていて水波は打つが、やはり石は見えなかったという。(『聖城怪談禄』/岩井宏実『暮しの中の妖怪』)
大分県杵築郡で、雉子打ちに山へ入った者たちが山道にかかると左右から石が飛んできた。心得た者が人々をおし鎮め、下に座らせると、大石が頭上を飛び交った。これに当ると必ず病むといい、またこの事に逢うと猟はないという。(『笈埃随筆』巻一)
【トビチョウシ】 飛銚子。
日光の男体山や女峰山などの高峰で、修行者がよく見掛けたとされる。それは鉄製の小さな銚子に似ていて蓋が無い。山鬼が好んで玩具にするといわれている。(植田孟縉『日光山志』/『民俗語彙』)
【ニクスイ】 肉吸い。
熊野山中で、十八、九才の美女の姿のものが、ホーホーと笑いながら人に近づいてくるという。(「人類」三十三ー二/『民俗語彙』)
東牟婁郡焼尾の果無山に出る怪。人に触るとたちまち悉くその肉を吸い取るという。十七、八の娘に化けて出て、火を貸せといった。ナムアミダブツの弾丸を撃とうとしたら消えた。明治二十六年に郵便脚夫が木の本付近の峠で会い、火縄を打ちつけると女は引き返したという。(南方熊楠『南方随筆』)
【ノヤミ】 野病。
越後の岩船郡では、野山でノヤミに会うと急に体調が悪くなり病むという。正月に団子を茹でたゆで汁を飲むとノヤミに会わないという。(『磐樟船夜話』/『民俗語彙』)
【ヒトクサイ】 人臭い。
大和の玉置山でヒトクサイが「人臭い、人臭い」といって現われた。そこで、男は狼にかくまってもらってようやく助かったという。それは、一本足だとも言われる。(林宏『吉野の民俗誌』)
【ヒトコエヨビ】 一声呼び。
美濃の大野郡などで言われ、山小屋では特に一声呼びを忌み、人を呼ぶ時は必ならず二声続けて呼べと戒めている。怪物が人を呼ぶ時は、必ず一声しか呼ばないといわれている。(『沿海手帖』/『民俗語彙』)
【ヒラケ】 開け。
広島県比婆郡峰田村(庄原市)の山中で、急に視界が開ける場所で、気持が悪くなる魔所。(「民間伝承」二ー十)
【フルソマ】 古杣。
土佐長岡郡の山中で、古杣というのは伐木に打たれて死んだ者の霊だという。深山で日中もこの声を聴くことがある。始めに「行くぞう行くぞう」と呼ぶ声が山に鳴り渡り、やがてばりばりと樹の折れる響。ざァんどオンと大木の倒れる音がする。行って見れば何の事もない。(「郷土研究」三巻4号)
高知県長岡郡でいう。山中で、伐木に打たれて死んだ者の霊だとされ、深山で日中でもこの声を聞く事がある。はじめに「行くぞう行くぞう」と呼ぶ声が山に鳴り渡り、やがてばりばりと木の折れる響き、ざあんどぉんと大木の倒れる音がする。行ってみると何事もない。(「郷土研究」三ー四/『民俗語彙』)
【マヨイガ】 迷い家。
岩手県の遠野地方で、山の中に有るという不思議な家。この家に行き当たった人は、必ずこの家から什器、あるいは家畜などを持って帰らなければならないという。なぜなら、その人に授けるために家が現れたのだからとされている。(『遠野物語』)
【ミソカヨイ】 晦日よい。
大晦日などに山奥で人を呼ぶ声をいう。白狐が特に師走に、霊告するのだと言う人もいる。(『民俗語彙』)
信濃の南佐久郡では、大晦日をミソカドシといって山に入らない。この日山稼ぎに入ると「ミソカヨーイ」と呼ぶ声を聞き、見返ろうとしても首が曲がらないという。声の主は山の神とも鬼ともいわれる。(『民俗語彙』)
【ヤズカ】 やづか。
信濃の上水内郡でいう。裾花川の谷では、山でお善鬼様に会い、ヤズカにふせられたという。所々に丸い石を積み重ねたヤズカがあり、ゴウロともいう。畑にヤズカの石が多いほど作物の出来が良いといわれた。ヤズカは岩塚の転訛ともされる。(『民俗語彙』)
【ヤマオジ】 山叔父。
福岡県八女郡星野村などでいい、しゃがむと頭よりも膝かぶの方が上に出るほど足が長い。(『民俗語彙』)
【ヤマオトコ】 山男。
秋田県南秋田郡の五城目では、木樵が山男に相撲を挑まれたという話が伝わる。勝負を分けると、山男は仲間を二三人連れてきて再度挑戦する。こうして出会いを重ねると、山男は木樵の家に遊びにくるようになったという。(長山幹丸『秋田の伝説』/石川純一郎『河童の世界』)
土佐の沖ノ島で、八尺ばかりで火のような赤い髪をしている山男がいた。地に伏せているとどこかに消えたという。人々は、それを猩々、四熊、狒々などと推測した。(広江清編『近世土佐妖怪資料』)
【ヤマオトコ】 山夫。
榛原郡の智者山あるいは七峰嶺付近。形は人のようで、髪黒く長いことカモジのたれた如くで、毛が全身を被い、目がきらめき、長い唇がそりかえっている。行き会うと命が危ないので茂みに隠れ、声もたててはならないという。(野本寛一「駿遠の山中怪異」季刊『自然と文化』84年秋季号)
【ヤマオロ】 山おろ。
五島の福江市や南松浦郡岐宿町などでいい、人間の嬰児に似た小さな怪物。川の中にいて水の音をさせることもある(『五島民俗図誌』)同郡青方町ではヤマウロといい、丈が三、四尺で人間の形をし、これと相撲をとった話もある。(『民俗語彙』)
【ヤマオンナ】 山女。
青森県南津軽地方で、ある時、農夫が羽州田代岳で出会った山女は、丈六尺、肌が非常に白く裸体で、滝壷の傍に座って長い髪を梳いていたという。(平尾魯僊『谷の響』巻一ー三)岩手県でも栃内村の猟師が、背が高く髪の長い山女を鉄砲でしとめ、証拠にと髪を切り取って下山したが、途中ひどい眠気に襲われる。夢うつつの中で丈の高い男が現れ、懐中からその髪を奪って去ったという。(『遠野物語』)
阿波徳島で、盥で行水をしていた男を盥ごと頭に乗せて運び、婿にしようとしたが逃げられ、蜘蛛に化けて攫おうとしたが、弱点の左を打たれて消えたという。(たつを生「山父と山母」「郷土研究」二ー六/今野円輔『妖怪篇』)
長崎県で、山仕事に行った親子が牛と馬をつないで餡餅を食べていると突然一人の美女がどこからともなくエヘヘ、エヘヘと笑いながら出て来た。子供が父親に知らせたが、父親にはその姿が見えず、女はそのうちヘゴの中に隠れてしまった。この時、牛も馬もひどく驚いていたという。(久保清・森浦泰雄『五島民俗図誌』/今野円輔『妖怪篇』)
熊本県下益城郡砥用から椎葉に向かう途中にある山犬落という場所に出る。頭はウッポリ髪、毛の先は地面に届くほど長く、その毛には節がある。山女は、そこで出会った女の人を見てゲラゲラ笑った。山女は笑う時に人の血を吸うといわれ、女は大声を上げて逃げ延びたが、この時、血を吸われたらしく、ほどなく死んでしまったという。(丸山学「内大臣山のある山師の話」『熊本県民族事典』/今野円輔『妖怪篇』)
【ヤマオラビ】 山おらび。
福岡県八女郡星野村仁田原などでいい、山に入ってやいやいというと、ヤマオラビがこれに負けずやいやいとおらび(さけび)返し、ついには人をおらび殺す。このときわざと鐘を叩くと、ヤマオラビが負けるともいう。(『民俗語彙』)
【ヤマガロ】 山がろ。
飛騨地方の山里でいう。山を支配している妖怪で、杣人の背負い荷物に乗り、重みに気付いた時にはすでに弁当は盗まれているという。人に危害を加えることは無い。(『毎日新聞』昭和42年/今野円輔『妖怪篇』)
【ヤマジイ】 山爺。
土佐郡本川郷でいう山鬼。一眼一足で人の往来する路を通るが人に見られることはない。ただ六、七尺に一足ずつ足跡を残す。その形は杵で押したように径四寸ばかりの丸い形という。しかし山中で見たという人も多いという。その姿は人に似て丈は三、四尺、総身に鼠色の短毛があり、一眼ははなはだ大きくもう一つは小さいので、多くの人は一眼と誤解している。歯の力はとても強く、猪や猿などの首を人が大根を齧るように食べるという。(今野円輔『妖怪篇』)
【ヤマジン】 山人。
土佐郡本川郷で、一眼一足の山鬼をいう。(今野円輔『妖怪篇』)
【ヤマセコ】 山せこ。
大分県玖珠郡で、ガータロは秋の彼岸になるとヤマセコになるという。村人は川が澄んでくるとガータロが山に登ったと囁きあうという。春の彼岸にはまた川に下ってガータロになる。ガータロはおもに人間につき、ヤマセコはおもに牛馬に憑くという。(「あしなか」十九/『民俗語彙』)
【ヤマタロ】 山太郎。
吉野郡では、河童に近い妖怪をガンタロというが、それが山に行くとヤマタロになるという。(「郷土研究」二ー十二/『民俗語彙』)
【ヤマノコゾウ】 山の小僧。
伊豆賀茂郡では山彦を山の小僧という。駿河でも山の婆々、遠江には山のおんばアという名もある。山彦という名も山の男ということだから元は一つである。あるいはこれを又アマンジャクという土地も関東にはある。天の邪鬼とも書いて、人の意に逆らう悪徳をもつというのも、やはりこの山中での経験ではなかったかと思う。サトリという怪物があって人の心中を見抜くという昔話も、起りは口真似からそういう想像に走ったのであろう。(柳田国男『妖怪談義』)
【ヤマヒメ】 山姫。
宮崎県西諸県郡真幸村でいう。洗い髪して良い声で歌うという妖怪。(『民俗語彙』)
【ヤマミサキ】 山みさき。
山口県豊浦郡の深山に出る怪で、人の生首の形をして落葉の上を車のように飛んだりする。人がその風に会うと大熱を起こす。阿武郡相島(萩市)では死後行く所へ行けないで、風になってさまよっている亡霊という。なにも食べないで難儀しているので、これに行き当たると病気になるという。またタキ(崖)で死んだ人や難破者は死後八日目までこのヤマミサキになるといわれている。(『民俗語彙』)
徳島県三好郡三名村ではカワミサキが山に入ってヤマミサキになり、鳥のように飛ぶものだという。(『民俗語彙』)
【ヤマワロ】 山童。
ヤマワロは春の彼岸に山から川に入ってガラッパになり、秋の彼岸にまた川から山に帰ってヤマワロになるという。芦北郡佐敷町(芦北町)では、彼岸の頃になると何千匹というヤマワロが列を作って賑やかに屋根伝いに山から降りてくる声がするという。この日、ヤマワロを見に行くと、必ず病気になったり悪い事があったりするという。昔は、彼岸にはお籠りをして外出しなかった。ヤマワロの通路は決っていて、これをオサキといった。オサキには炭竃や家を造ることは禁物で、家を建てたら家に穴が空くといった。(「民間伝承」十四ー八)
鹿児島県の山の守と呼ばれる深山にいる。大木を運ぶ時に手伝ってもらうが、人の先に立つのを嫌う。飯を与えて使うと、日々手伝いに来て、杣人は大いに助かる。使うときは、仕事をさせてから飯を与える。先に飯をやると、食べ終わって逃げてしまう。塩気のあるものを嫌うという。ヤマワロを打ち、あるいは殺そうとすると、不思議にこれを察して祟りをなす。発狂したり大病したり、家が出火したりするというので、誰も手出しをしようとはしない。(『梅翁随筆』)
【ヤマンボ】 山ん坊。
美濃の加茂郡辺りで、山彦のことをいう。(今野円輔『妖怪篇』)
奄美大島で童形をした山中の怪をいう。大木の根元に座って、人が近寄ると木の後ろに回って姿を見せず、人がウーイと呼ぶとウーイと声を返す。人が山で悪いことをすると、山中を引きずりまわして出られなくする。大木の実を拾うときは全部拾わず、ヤマンボのために少し残しておくものだという。なお奄美方言で、山彦をもヤンボウという。(恵原義盛『奄美怪異談抄』/今野円輔『妖怪篇』)
【ヤンブシ】 山伏。
坊主が首を括ったところには必ず出るという大きな人形のような怪。ヤンボシともいい、夜、山へ行くとヤンボシが隠すという。(「民族」二ー三/『民俗語彙』)
【ヤンボシ】 山ぼし。
鹿児島県肝属郡百引村で、夜、山道で時折出会う大きな人影のような怪をいう。(「方言』五ー四/『民俗語彙』)
【ヨブコ】 呼子。
鳥取地方では山彦すなわち反響を呼子又は呼子鳥という。(「因伯民談」一巻4号)何かそういう者がいてこの声を発すると考えていた。

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