家・道の怪

家の怪

家に憑く怪

家に居るあるいは憑く怪

【アカガンター】 赤がんたー。

赤い髪で赤ん坊のような姿の怪。古い家の広間に出て、枕返しや、寝ている人を押さえつける。(折口信夫『沖縄採訪手帖』)

【アカボウズ】 赤坊主。

さる貴族の家で夜更けてから、にわかに屏風の後ろが明るくなり、紙燭を持って人が来る気配がする。屏風の傍から見ると火災の中に赤い法師が立っている。「誰かいるのか」といっているうちに跡かたもなく消えた。古事のあるときに出てくるという。(柳原紀光『閑窓自語』柳田国男『山東民譚集』)北桑田群吉川村穴川の某家にある古木は、夜通行人があると道に倒れてくる。その木を踏んでいこうとすると木が立ち上がって人を持ち上げてしまう。その時、根元に大入道が立つといい、つかもうとすると消えてしまう。狐か狸の仕業ともいう。(垣田五百次・坪井忠彦『口丹波口碑集』)

【アクボウズ】 悪坊主。

一般に怪物の事を称す。岩手県九戸辺りでは、一膳飯を食べるとボウズに会うとか、風呂に二回入るとボウズに会うという。また、裸で便所に入るとボウズにつきあたるともいわれる。(『九戸郡誌/『民俗語彙』)秋田県仙北・雄勝地方では、囲炉裏の灰を掘ると悪坊主が出ると戒める。(『民俗語彙』)

夜爪を切ると鬼が来るとか、夜口笛を吹くと蛇を呼ぶといった類の話で、子供を戒める喩えとして生じた化け物と思われる。

【アブラナセ】 油なせ。

越後国南蒲原郡大面村の旧家滝沢家にいたという。家人が灯油を粗末に使うと「油なせ!」(返せ)といって出てくる。(外山暦郎『越後三条南郷談』)

【アマノジャク】 天邪鬼。

岩手九戸辺りでは、炉の灰の中にいるとされている。(『九戸郡誌』/『民俗語彙』)

嬰児は一日は天邪鬼が子守りし泣かせない。一日は地蔵様が子守りして泣かせる。という俗信が秋田県には有る。泣かせるほうが、子供は良く育つという。(『秋田県の俗信迷信』/『民俗語彙』)

常陸では、山彦は、天邪鬼が山中で真似をしたものという。(「旅と伝説」十一ー七/『民俗語彙』)

【オクナイサマ】 奥内様。

岩手県上閉伊郡土淵村に伝わる。十四、五歳の子供で近所が火事の時、火を消して回るという。(佐々木喜善『奥州のザシキワラシの話』)

【オクラボウズ】 お蔵坊主。

山梨県東八代郡で、倉の中にいるという妖怪。(『民俗語彙』)

【オサカベ】 長壁。

姫路城中にいた。天守櫓の上層にいて、年に一度城主だけが対面した。あとの家臣は恐れて昇らなかったという。姿を現すときは老婆になったという。(松浦静山『甲子夜話』)

【オショボ】 おしょぼ。

オカッパ頭のことをいう。香川県大川郡白島町には、五、六歳くらいの、髪をショボショボたらした童女が旧家にいる。家人には見えず、これがいなくなると家が没落するという。(武田明「讃岐・阿波・伊予の妖怪」季刊「自然と文化」84年秋季号)

【オッケオヤシ】 オッケオヤシ(アイヌ語)。

室内に一人でいると、突然炉の中でブアッと屁の音がする。とたんにあちらでもブア、こちらでもブアッと際限なく起る。部屋中臭いが充満し、臭くて堪らなくなるという。この時は、まけずに屁を放てば退散する。屁が間に合わない時は、口真似だけでも退散するという。(知里真保編約『アイヌ民譚集』)

【オハチスエ】 おはち据え。「

空家の番人」という意味。空家に無断で住み、魚皮製の粗末な衣服をまとった爺。人の真似をよくするが、性格は凶暴で、良く切れる刀を持ち多くの人畜を殺傷したという。(知里真保編約『アイヌ民譚集』)

【カイナデ】 かいなで。

カイナゼともいう。節分の夜、便所に行くとこれに尻をなでられる。どうしても入りたいときは「赤い紙やろうか、白い紙やろうか」といって入ればよいという。(『民俗語彙』)

【カイナンボウ】 かいなん坊。

美濃国揖斐郡徳山村で、囲炉裏の中の五徳を叩くと出る。これが出てくると、人の持っていないものをせがむという。(『民俗語彙』)

【カタナノカイ】 刀の怪。

高崎城主松平右京亮の家で三代に渡って箱に入れて土蔵の棟木の上に置いていた刀が祟り、足軽が毎夜うなされた。改め見ようとすると、事立てるに及ばずと家臣に抑えられ、そのままにしておいたが、代替りに改めてみると、その刀には大原ノ安綱大同二年とあった。(根岸鎮衛『耳袋』巻四)

小田切土佐守という武士がいて、彼の先祖が武田晴信から賜った長刀を玄関の鎗掛に飾っていた。たまたま玄関に詰める者がいて、後ろ向きに臥せているとかならず枕返しをしたという。(根岸鎮衛『耳袋』巻四)
上記の原話を下に紹介。
怪刀の事
松平右京亮寺社奉行にて被咄けるは、同人家に二、三代も箱に入て土蔵の棟木に上げ置刀あり。右は右京亮先代の足軽、毎夜うなされて甚苦しみける故、子細もありやと色/\療治などせしが、不断はさしたる事なし。不思議なる事とて枕元の刀を外へ遣し臥せしかば、聊其愁なかりし故、「全刀の所為なるべし」と、右刀を枕元に置て臥せば、また前の如くうなさるゝ故、其訳を申立主人へ差出しけるを、右之痛蔵の棟木へ上げ置よし申伝へ、いかなるものにや改見んと思へ共、事を好に似たりとて家頼も押へ止る故、其通打過ぬと語りける也。

小田切土佐守は其先甲州出の事なれば、武田晴信より先祖へ与へし長刀、今に所持して玄関の鑓掛に錺り置しよし。折節玄関に詰る侍ひ跡などに致し臥せば、必まくら返しする事度々のよし。営中にて物語りしを記し置ぬ。(『耳袋』巻之四)

【ガラシ】 がらし。

寺にいて、ひどく物惜しみをするという。(島村知章『岡山方言』/『民俗語彙』) 

【クラババ】 蔵婆。

宮崎県でいい、家にいる怪。

【クラボウズ】 蔵坊主。

江戸本所の医者の蔵にいた。蔵から物を出す時は、その都度断りを言い、何の品目明日入用と言うと戸前に持ち出されていた。ある年、火事で家屋が類焼し蔵だけが残った。家来たちが非情の折だからと、何の断りもなく蔵の中に臥せっていると恐ろしい形相の坊主が現れ、かねての取り決めを破ったことを難じ、命を取るところだが非情の折故、今回は許す、以後決して立ち入るなと申し渡された。(根岸鎮衛『耳袋』巻十)

【サスガミ】 さす神。

兵庫県佐用郡石井村で便所神をいう。この神に行き会うと転んで気絶することがある。(柳田国男編『山村生活の研究』)

【センポクカンポク】 せんぽくかんぽく。

越中国東砺波郡利賀村の怪。死人のあった家の掛け蓆にいて、一週間経つと大戸の外に出て番をする。三週間は家にいて四週間くらいで墓に行くという。顔は人のようで四つ足、蝦蟇に似た化物とされる。(「民間伝承」六ー八)

【タナババ】 棚婆。

相模国津久井郡青根村には、棚に恐ろしい婆がいることがあるという。棚は三階のことで、養蚕時に使われた。(「山村調査」/『民俗語彙』)

【テンジョウクダリ】 天上下。

天上を破って落ちて来る怪。(「週間朝日百科」12)

【テンヅルシ】 天吊るし。

甲斐北巨摩郡の某家では、夜中に天井から稚児のようなものが度々降りてきたという。(北巨摩教育委員会『口碑伝説集』/『民俗語彙』)

【ドヨウボウズ】 土用坊主。

相模国津久井郡青根村では、土用には坊主が邸地にいるので、土用の間は土を動かしたり草をむしらせないという。土を動かす事は土用坊主の頭を引っ掻くことになるからだと言われている。(『民俗語彙』)

【ナンドババ】 納戸婆。

納戸の中にいる怪。奈良県にもある。(『民俗語彙』)

岡山県赤磐郡、上道郡でいい、納戸からホーッといって出てくるが、庭ぼうきでたたくと縁の下に逃げ込むという。(「岡山文化資料」二ー三/『民俗語彙』)

讃岐の東部でいう。納戸の中にいて子取り婆さんのように恐れられている。(武田明「讃岐・阿波・伊予の妖怪」季刊「自然と文化」84年秋季号)

宮崎県にもある。(『民俗語彙』)

【ノタバリコ】 のたばり子。

岩手県江刺郡稲瀬村倉沢では、夜半に内土間から茶の間あたりを這って歩くという怪。(佐々木喜善『奥州のザシキワラシの話』)

【バケハキモノ】 化け履物。

履物を粗末にする家に出る。「カラリン、コロリン、カンコロリン、まなぐ三ツに歯二ん枚」と歌いながら、履物が投げ捨てられた物置に入っていったという。(佐々木喜善『聴耳草紙』)

【ハタラキワラシ】 働き童。

岩手県下閉伊郡豊間根村では、タッコキという家にいるとされる。家人の留守には馬に飼葉をやったり、雨が降ってくると干し物の筵を畳んで縁側に上げておいてくれるという。(佐々木喜善「ザシキワラシの話」)

【ヒザマ】 ひざま。

沖永良部島で最も恐れる邪神。火事が起るのはヒザマの所為だと信じられている。家にこれが憑いたといわれると、ただちにユタを招いてヒザマを追い出す儀式を行う。ヒザマは、空の水瓶や桶に宿るといわれ、これらの容器には水を入れるか、伏せておく。ヒザマは胡麻塩色の羽毛を持った鶏の姿をし、頬が赤いといい、このようま鶏を飼うのを嫌った。(「柏資料」/『民俗語彙』)奄美大島では、相当な明るさの火の玉で、スーッと流れ飛んで行って消える。それが出た場所あるいは落ちた所のいずれかで、近く火事が起るとされる。(恵原義盛「奄美大島の妖怪」季刊「自然と文化」84年秋季号)

【ボコ】 ぼこ。

炉の灰を掘ると中から出てくる。(『遠野物語拾遺』)

【ホドナカ】 ほどなか。

長野県北部では、囲炉裏の中心の火を焚く部分を「ほどなか」といって、ここを深く掘ると貧乏神が出るという。(「民族」3ー1/『民俗語彙』)

【ムラサキギモ】 紫肝。

福島県石城郡では、正月元日、五節句に生まれた子供の肝は紫で、海に入ると鮫に取られると言い伝えられ、紫肝の子は船に乗せないという。(「旅と伝説」六ー七/『民俗語彙』)

【モウリョウ】 魍魎。

御勘定を勤める者が旅先で一人の下僕を召し抱えた。旅宿で夢ともなく下僕が「自分は魍魎で、死人の死骸を取る順番が巡ってきたので暇をくれ」といった。翌朝、下僕の姿は無く、やむを得ず一人で一里余下ると、村人が「野辺の送りに、黒雲が立って覆い、棺桶の中の骸が消えた」と騒いでいる。男は夢の中の話と符号したのに驚いたという。(根岸鎮衛『耳袋』巻四)

【ヤマンバガツク】 山婆が憑く。

土佐郡土佐山村では、思いがけない豊作が続き目に見えて家運の栄えることをいう。桑尾部落にヤマンバノタキという処があり、その近くに、昔、綿畑を持つ者があって、毎年豊作続きなのを怪しんで火をつけたところ、老婆姿のものが半焼きになって飛び去り、それから運が衰えたという。東川部落にもヤマンバを祀る祠がある。その昔、ある家で仕事をしている最中に何か欲しいと思って家に帰ると、それがちゃんと家に置いてあって、米櫃の※もきれることがなかった。主人が怪しんで早めに家に帰り、家の中を覗いてみると、白髪の老婆が座敷を掃除していた。思わず声を上げると老婆は飛び去り、それから家は傾いていったという。(「旅と伝説」十五ー六/『民俗語彙』)

【ヨウユウ】 ようゆう。

越中婦負郡駒見村の「ようゆう」という家で召し使っていた姥。ある夜山伏が呉服山の古道の坂を登っていると狼の群れに付きまとわれた。山伏は喬木によじ登り狼から逃れようとした。すると、狼たちは打ち重なり、その上に姥が跨がり彼を引き下ろそうとする。山伏は短刀を抜き姥の肘を切り落すと下の狼も散った。翌朝、駒見村に入り、少し休もうと「ようゆう」の家に行くと、姥が傷の痛みで泣叫んでいたが、山伏の姿を見ると逃げ出して行方不明になったという。(「肯構泉達録」十五/柳田国男『山東民譚集』) 

家に来る怪

家に現れる、あるいはやって繰る怪

【アイヌカイセイ】 アイヌカイセイ(アイヌ語)。

家にくる怪。空家古家などに現れる。アットシのぼろ衣を着て、眠っている者を襲い、その胸や首を圧し苦しめる。(吉田厳『人類学雑誌』)

【アマザケババ】 甘酒婆。

夜中「甘酒はござらんか」といって家々を訪ねる。あるとかないとか答えると病気になるという。それを防ぐには杉の葉を吊るせばよい。(「旅と伝説」十三ー六『民俗語彙』)

信州飯田でも、冬の寒い真夜中に戸を叩いて甘酒を売って歩くという婆の話がある。(倉石忠彦「信州の妖怪」季刊「自然と文化」84年秋季号)

【アマミハギ】 あまみ剥ぎ。

佐渡で、火にあたり過ぎて、足に出来た火斑を剥ぎに来る怪。(『民俗語彙』)

除夜に訪れ子供の足の皮を剥ぐ妖怪。この夜は子供たちを早く寝かせる風習があった。加賀江沼郡ではアマミヘギ・アマゲハギという。アマミ・アマゲは火に当たっている人の足にできる火斑で、これをおそれて子供たちは足を炉に出さなかった。能登の西海岸では正月六日の歳越の晩に、青年たちが素袍に天狗の面をつけアマミハゲに仮装して御幣を持って家々を廻り、餅を貰って神職の家でそれを食べる行事があった。(「鳳至郡誌、加能民俗」十三/『民俗語彙』)

【アモレオグナ】 天降女。

天女。奄美大島でいい、内地の羽衣伝説と類似した話や、天から異性を求めて降りて来る話がある。必ず白風呂敷の包み物を背負って来るが、その時はどんな晴天でも雨が降る。幽霊と違って全身がはっきりと見える。その誘惑に負けた男は命を取られる。水を入れた柄杓を持っているが、その水を決して飲んではならないという。(「旅と伝説」十七ー一/『民俗語彙』)

【アンモ】 あんも。

北上地方に伝わる。姿を見たものはいないが、正月十五日(旧暦)の月夜の晩に海から飛んでくる。囲炉裏にばかりあたっている怠けものの子供の脛には、紫色の火斑がついているので、その皮を剥ぎに来る。また、弱い子供を助けるともいう。病気で寝ている子供はアンモを拝むと治るという。(菊池敬一「陸中の妖怪」季刊「自然と文化」84年秋季号)

【ウバメトリ】 乳母女とり。

衣服を夜干しすると、このウバメトリが現われ、我が子の着物と思って、その着物に乳を絞る。その乳には毒があるという。(「人類学雑誌」103/『民俗語彙』)

【カマスオヤジ】 叺親爺。

子供が泣くと来て、大きな叺に入れて連れて行くという。(「津軽語彙」『東奥日用語辞典』/『民俗語彙』) 

【カシャ】 火車。

家に来る怪で、鹿児島県でも島根県と同じカシャの怪がある。

【カマスショイ】 叺背負い。

叺親爺と同じもの。秋田県鹿角地方でいう。

【ギルマナア】 ぎるまなあ。

家に来る怪で、身体が赤く身長一尺くらい。木の腐ったうろの下にいて、夜おさえに来る。鶏が鳴くと帰る。海に出て魚や蛸を取ってくる。(折口信夫「沖縄採訪手帖」)

【ハニマノカプル】 はにまのかぶる。

沖永良部島でいい、子供たちが泣くときに、ハニマノカプルが来たというと泣き止む。正体は不明。(「シマの生活誌」/『民俗語彙』)

【フナイタサガシ】 舟板探し。

佐渡の海府地方では、人が死ぬ寸前になると、舟板(棺桶用の板)を探しに来るといわれている。舟板が必要になると、借り先に行って天井をガタガタさせるという。(『佐渡海府方言集』/『民俗語彙』)

【ミカリバアサン】 箕借り婆さん。

相模国橘樹郡旭村(現横浜市鶴見区)では、十一月十五日から十二月五日にかけて、箕借り婆さんが家々を訪れるという。この時期には「おっぱぎ団子」というのを作って戸口に挿しておくという。(「民間伝承」十二ー三)

【メヒトツゴロ】 目一つごろ。

暗い所に出るという。一つ目小僧。(『民俗語彙』)

【モメンカセカセ】 木綿貸せ貸せ。

奥多摩の小河内村で、山姥が夕方になると山から下りて、人家の近くに出てくる。木綿機具をさげていて「木綿貸せ貸せ」と言ったという。(「民間伝承」十五ー十)

【ユキオン】 雪鬼。

越中砺波地方では、子供を脅す時に「ゆきおんが来るぞ」という。(佐伯安一『砺波民俗語彙』/今野円輔『妖怪篇』)

一つ目小僧

一つ目小僧。

深夜に少年の笠を目深かにかぶって酒を買いに行くのを、すれ違いさまによく見ると顔の真中に円い眼が一つあったという話。飛州高山などでは雪入道と称して目が一つ足が一本の大入道の話が、語り伝えられていた(『妖怪談義』)。

上州の一つ目小僧は片目で一本足だという。(今野円輔『妖怪篇』)

江戸麻布の武家屋敷に住む一つ目小僧は、十歳くらいの小僧で、悪戯をしたり菓子を食べたりした。咎められると「黙っていろ」と言って消えた。(平秩東作『怪談老の杖』)また、番町の荒屋敷を立派な屋敷に見せかけ医者を呼んだ小僧は、三尺の顔で、額に一つ目があり鼻が小さく口が大きかったという。これは狐狸の仕業とされている。(慙雪舎素久『怪談登志男』/今野円輔『妖怪篇』)

相模では、旧暦二月と十二月の八日に来ると云われた。竿の先に目籠を高く掲げるという、(『民俗語彙』)

賀茂郡南崎村ではヒトツメコゾウが十二月八日に来るが、自分ほど目の大きいものはないと云って来るので、目籠を出しておくという、(『民俗語彙』)伊豆の対馬村(伊東市八幡野)では昔据風呂にはいっていた人が一つ目小僧に風呂ごと持ち上げられて連れていかれたという。途中、道端の柊の枝に運良く引っ掛かって助かった。このことら柊は鬼除け、悪魔除けになるといっている。(八幡区郷土史編纂委員会『ふるさとの歴史ー八幡野・赤沢』/今野円輔『妖怪篇』)

小僧といい大入道といい、その姿形は場所によってまちまちのように思える。先に上げた「一本だたら」とも共通する怪か。また、『出雲風土記』や『今昔物語集』には、人を食うという一つ目の鬼の話が収載されている。『今昔物語集』のこの鬼は、身の丈九尺、身体は緑青色、真っ赤な顔に琥珀のような大きな目が一つ、手の指は三本、爪が五寸ほどに伸び刀のように鋭くなっているとされる。また、江戸期の『怪談老の杖』や『万世百物語』などの読物では、十四五歳の少年や小坊主とされ、口が耳の根元まで裂けていたり、目が光るなど、より恐ろしさを増す妖怪となる。

【メヒトツコゾウ】 目一つ小僧。

伊豆半島および初島などで、二月八日の晩にやってくるという怪物で、恐れられている。(『民俗語彙』)

座敷童

各地の座敷童の話

座敷童。

赤顔、垂髪の小童で、旧家の奥座敷などにいる。これがいる家は繁盛するが、いなくなると衰亡する。ザシキワラシのいる家の座敷に寝ると枕がえしをされたり押えつけられたりするが、人を害することはない。青森県野辺地の富者の家運が傾きかけたある夜、ザシキワラシが奥座敷で帳面を調べていたという話も伝わる。(佐々木喜善「ザシキワラシの話」「郷土研究」二ー六『山村生活の研究』/『民俗語彙』)

岩手県上閉伊郡では、布団を渡り頭にまたがり、釜石・遠野辺では、笛太鼓で囃しながら来て、枕返しをする赤い友禅を着た十六、七歳の娘であるという。同県土淵村では、赤い頭巾を被った三、四歳くらいの子供の足音がするという。さらに、家人の留守中、神棚の前に掛けていた鐘をガンガン叩いたともいわれ、別の家では、夜半懐に入ってくすぐり、たまらず起きて襟を合わせると、今度は袖口から手を入れてくすぐったという。また、同村の小学校の運動場に見知らぬ子が現れ、体操の時などどうしても一つ余計な番号が出る。この子供は一年生にしか見えなかったという。同県上郷村のワラシは、機織る音をたてるといわれ、青笹村では糸車を回す。また、松崎村では、某家の家運が衰えた時、オウイオウイと泣きながらその家を出たという。(佐々木喜善『奥州のザシキワラシの話』)

岩手県外川目村のワラシは赤顔で、土蔵に入れた食器類をいつの間にか母屋の棚に運び、夜食の時などにガラガラそれらを投下するなどの悪戯をするという。下閉伊郡桐内では、仏壇の香炉箱に小さな足跡をつけると、その家に必ず死人が出たとも伝える。また、江刺村ではザシキワラシの中でも色白く奇麗な者をチョウピラコと呼ぶ。附馬牛村の土蔵の中で、一晩中喧嘩をしているような荒びた音がし、翌朝、土蔵を確かめると、三、四歳くらいの透き通るような色白で美しい顔の少年が一人死んでいたという。これは、隣家のザシキワラシと喧嘩して殺されたとも、夫婦喧嘩だともいわれたという。(佐々木喜善『ザシキワラシの話』)

宮城県登米郡南方町では、屋根葺きが終った日の夕方、十二、三歳位の少女が、丘に架渡した足代板の上を、自由自在に走り回っていた。また、同郡登米町には、二足四足、特に鳥肉卵を食べない家系がある。もし食べると、奥座敷で唸るものがいる。この座敷童は四、五歳くらいの童だという。(佐々木喜善『奥州のザシキワラシの話』)

信州北安曇郡明盛村の某家にいた。この家に金が貯まり始めたたのは、一晩土蔵で子供の騒ぐ声が聞こえ、翌朝行ってみると天保銭が一枚落ちていた時からという。枕返しや座敷変えもしたという。また北小谷村の酒屋にもいたという。(佐々木喜善『ザシキワラシの話』)

座敷童子。山口市の某家で、夜半童が出て枕元の本をパラパラとめくった。つぎに布団に入ってくすぐり、しばらくすると懐に入って脇の下をくすぐったという。(佐々木喜善「ザシキワラシの話」)

座敷童子。高知市の某家では、午後からゴトゴトと音を立て、宵になると醤油樽が飛び上がり、行灯がカラカラ転び出した。その怪は午後十一時ころに止んだという。(広江清編『近世土佐妖怪資料』)

【アカシャグマ】 赤しゃぐま。

愛媛県新居郡西条町付近でいう。頭の毛の赤い子供のようなもの。台所にしまった弁当のお菜を夜間に食べ、人が寝静まってから座敷で騒ぐという。(佐々木喜善『ザシキワラシの話』)

土佐では、しゃぐまを被ったような髪型をした身体の赤い子供をいう。座敷童子の系統という。(折口信夫「座敷小僧の話」『全集』十五)

座敷童に似た怪。金比羅宮の奥の院あたりにいた。夜、仏壇から出て来る。赤しゃぐまの毛を被ったような小さな子供のようで、家の持ち主の婆さんを毎晩くすぐっていた。(佐々木喜善『ザシキワラシの話』)

【カラコワラシ】 からこ童。

岩手県肝沢郡永岡村では、夜、子の刻になると座敷の床の前から黒い半衣物を着た子供が、杓を持って水をくだされといって現れる。杓の底を抜いて与えると、グズグズしているが、しばらくすると消える。この時、底を抜かないと水で悪戯をするという。ザシキワラシの一種とされる。(佐々木喜善『奥州のザシキワラシの話』)

【クラボッコ】 蔵小僧。

座敷童の一種。岩手県遠野地方の村の旧家にいるとされるクラボッコ(蔵小僧)は、糸車の音をさせたり、赤い塗桶を下げているという。(柳田国男『遠野物語』)

【コメツキワラシ】 米搗童。

座敷童の一種。岩手県江刺郡稲瀬村に伝わるコメツキワラシ(米搗童)は、夜中に石臼で米を搗き、箕で塵を払うような音をさせる。(佐々木喜善『奥州のザシキワラシの話』)

【ザシキコゾウ】 座敷小僧。

座敷童の一種。東北地方の旧家にはザシキコゾウ(座敷小僧)と呼ばれる家の神がいる。大抵は小児の形だとされる。(『民俗語彙』)

座敷小僧。ザシキワラシと同類。北設楽郡本郷町の酒造家にいた。奥座敷に住んでいて、夕方雨戸を閉めにいくと見ることがあった。十歳くらいの童子だったといい、家が没落していなくなった。(早川孝太郎『三州横山話』)

【ザシキバッコ】 座敷婆子。

座敷童の一種。岩手県栗橋村辺りではザシキバッコ(座敷婆子)と呼び、坊主頭で丸顔の小さな老婆で、低い声でけたけたと笑うという。(佐々木喜善『奥州のザシキワラシの話』)

【ザシキボウズ】 座敷坊主。

周智郡奥山村で、歳恰好は五、六歳とされ、某家にはこれが押さえる部屋があったといわれている。座敷小僧ともいう。(佐々木喜善『ザシキワラシの話』)

座敷坊主。ザシキワラシと同類。南設楽郡鳳来町門谷にある話で、坊主頭の按摩のような姿で枕返しをする。(折口信夫「座敷小僧の話」『全集』十五)

【ザシキボッコ】 座敷童子。

盛岡地方ではザシキボッコと呼び、五、六歳くらいの皿子頭の童子とされる。ムジナの化けたモノという。(佐々木喜善『奥州のザシキワラシの話』)

【ハタラキワラシ】 働き童。

岩手県下閉伊郡豊間根村では、タッコキという家にいるとされる。家人の留守には馬に飼葉をやったり、雨が降ってくると干し物の筵を畳んで縁側に上げておいてくれるという。(佐々木喜善「ザシキワラシの話」)

【ホソデ】 細手。

座敷童の一種。蔓のように細い怪異な手で、細手長手ともいう。奥座敷に泊った人が、神仏の祀ってある次の間の襖の隙間から招かれたが、間もなく津波が襲い家や妻子を失ったという。また、長押のところから三、四歳の子供の手くらいの細く赤い手が一本垂れ下がっていたともいう。吉凶禍福につれて人の家に出るが、主に凶事の前兆とされる。(佐々木喜善『奥州のザシキワラシの話』)

枕の怪

枕関連の怪

【マクラガエシ】 枕返し。

加賀のある家では、座敷に寝ると隣室に引き出されてしまう。特に二本差や鬢を立て洋服を着て高慢なものが泊まるとやられるという。(佐々木喜善『ザシキワラシの話』)

紀州日高郡竜神村小又川で、七人の杣が山中で檜の木を伐ったところ、その晩、枕を並べていた七人とも死んでしまった。檜の精のなせることだという。(森彦太郎『南紀土俗資料』/『民俗語彙』)

高知小高坂森の屋敷にいたという。試みに座頭を寝かせてみると、夜半、枕を取ってくるりと寝返り、北枕になった。本人は知らないという。(広江清編『近世土佐妖怪資料』)

【マクラコゾウ】 枕小僧。

磐田郡水窪村山住で、夜中、枕返しをする怪。家の霊のようにいわれている。(『民俗語彙』)周智郡奥山村では、三尺以内で一人で寝ると出てきて悪戯をし枕返しをする。(佐々木喜善「ザシキワラシノ話」)

童形で寝ている人の足の上にきてただ立つだけだが、目はあいているのに、どうにもならないという。大川郡奥山村(長尾町多和)の大窪寺事務所には枕小僧がいるので、ここに寝てはいけないという。(武田明『香川の民俗』/今野円輔『妖怪篇』)

【マクラノカイ】 枕の怪。

深川三十三間堂の近くに久しく空家になっていた家があった。ここに移り住んだ医者が、ほどなく病気になった。いろいろと原因を調べたところ、古い持仏堂の下段にあった枕が妖を為すと分り、それを打ち割って燃やすと、その臭いは屍を焼くのと変わりが無かった。(新井白蛾『牛馬問』/今野円輔『妖怪篇』)

ろくろ首

ろくろ首。

主に女姿で、その首が数メートルにも伸びるという妖怪。油を舐めるともいう。また、その首が抜け出て頭だけで飛び回る怪。

分布・発祥などの詳細は不明。近代の怪談話や見世物小屋の興行のために創作された怪か。轆轤首の話で一般的なものは、夜中首が抜け出たところを人に見付けられる話が多く、その首の主は『甲子夜話』『北窓瑣談』『閑田耕筆』『百物語評判』『耳嚢』『武野俗談』などは皆女性で、女性だけが轆轤首となるかというとそうでもなく、『蕉斎筆記』『怪醜夜光魂』などが男で、また小泉八雲の『怪談與論』には男女数人の轆轤首が描かれている。

下総では、寺に住む下男が和尚に叱られ、夜になって抜け首となって和尚の部屋を襲った。男は腹が立つと首が抜けたという。(小川白山『蕉斎筆記』三/今野円輔『妖怪篇』)

江戸新吉原のある芸妓は夜半過ぎ、首が枕から一尺ほど離れて垂れたという。(『閑田耕筆』四)

江戸に住む竹尾半四郎という男は実直で浮薄なところがない立派な男だったが、四、五年の間に妻が七人もことごとく家を出た。原因は半四郎の首が夜中に伸び、一、二尺先でまどろんでいた事だった。その首筋のまわりには横皺があったという。(松浦静山『甲子夜話』七十ー五)

敦賀の原家で臨時に雇った女が轆轤首だったという。夜更けてうめき声で目覚めた家人が女の寝室を覗くと、女の首が結髪のまま屏風を一、二尺づつ上っては下り、下っては上っていた。ついに屏風を越えて女の寝ている内に入り、女の呻き声が聞こえたという。(橘春暉『北窓瑣談』/今野円輔『妖怪篇』)

【ロクロックビ】 轆轤っ首。

大川郡奥山村では、首に輪のある女はロクロックビだからもらうなと戒めているという。(武田明『香川の民俗』/今野円輔『妖怪篇』)

江戸時代、伊予のある拳法家の女使用人が轆轤首だったという。夜半過ぎ、女の胸の辺りから蒸気のようなものが出始め、すぐに肩の上が見えなくなるほどになった。ふと桁上の欄間を見ると、その女の頭だけが欄間で眠っていた。見ていた者が驚いて、立てた首に女が転びふせると煙は消え、頭は元通りになっていた。本人はこのことを全く知らない。(松浦静山『甲子夜話』八ー五)

肥後のしころ村という所に、絶岸和尚という僧が宿泊した。その夜は風が凄まじく寝られぬまま念仏を唱えていると丑三つ時、その家の女房の首が延びて窓から外に抜け出し、首の通ったあとには白い筋が見えていた。夜明け方には筋が動き出して首は元に戻った。昼になり、その女房の首を見ると筋があったという。(而慍斎『百物語評判』/今野円輔『妖怪篇』)

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道の怪

転がり

坂道などを転がってくる怪

【イジャロコロガシ】 いじゃろ転がし。

信州南佐久郡南牧村海ノ口の古びた堂から、時々夜遅く出てきたという。イジャロは笊のことで、転がってきて人の前に来ると人の形になる。(『民俗語彙』)

【カンスコロバシ】 鑵子転ばし。

山の中にいて、通行人に鑵子を転ばし、邪魔をするという。鑵子は湯を沸かすのに用いる青銅あるいは真鍮製の器。(「民間伝承」四ー二)

また、「長崎民間説話資料館」からの情報提供によれば、松浦市の「かんすころばし」はオッパショ石やウバリオンのように背中におぶさってくる怪として語られ、さらに台風の日に山から下ってきて暴れるものとも語られているという。

【コロビ】 転び。

石見国美濃郡安田村でいわれ、夜中に出て通行人の足にまとわりつく。山の峠にその霊を鎮めるために桑の木地蔵を建てた。(『安田村発展史』/『民俗語彙』)

【タゴマクリ】 たごまくり。

香川県大川郡長尾町多和の菅峠に出る。タゴとは肥え桶のようなもので、これがザレ(山の斜面の崩れた所)を転がってくることがあり、ザリザリと音がするという。(武田明『音川の民俗』十一/今野円輔『妖怪篇』)

【ツチコ】 槌子。

金沢の小姓町に槌子坂という気味の悪い坂があり、小雨の降る夜半などにここを通ると搗臼ほどの横槌が転がり出てくる。真っ黒であちこち巡り巡って消えようとする時呵々と笑い、雷のような音を響かせる。それを見た者は毒気に当てられ二三日寝込むという。(鳥翠台北径『北国奇談巡杖記』1/今野円輔『妖怪篇』)

【ツチコロビ】 槌転び。

小豆洗いの正体は藁打ち槌の形で、一面に毛が生えており、人が通ると転げかかるといっている地方も九州にはあるが(「郷土研究」一巻5号)、これは野槌などという道の怪との混同らしい。野槌はたけの至って短い槌のような形をした蛇で、道の上を転がって来て通行人を襲うと伝えられ、中部地方の山地にはそれが出るという峠路も多かったというが(「飛騨の鳥」)、この空想は名称から後に生まれたものと思われる。ツチはミヅチが水の霊であると同様に、本来はただ野の霊というに過ぎなかったことは、古く学者もこれを説いている。しかし現在はこの槌形の怪は全国に弘まり、伯耆中津の山間の村でも、槌転びというくちなわがいて、足もとに転がって来て咬い付くといっている。

【テンコロコロバシ】 てんころ転ばし。

備前邑久郡のある地に出るという怪物。夜分ここを通るとテンコロがころころと坂路を転がって行くのを見るという。テンコロは砧すなわち衣打ち台のことだが、それに使う柄の直ぐに附いた木槌をもテンコロといっている。又茶碗転ばしの出るという場処もあった(「岡山文化資料」二巻6号)

岡山県邑久群のある場所に出る。夜分ここを通るとテンコロがころころと坂道を転がっていくのを見る。テンコロは衣を打つ台、砧のことをいう。砧を打つのに使う柄が真っ直ぐ付いた木槌もテンコロという。また、茶碗転ばしの出る場所もあった。(「岡山文化資料」二ー六/『民俗語彙』)

【トウガンス】 とうがんす。

信濃には、真夜中にゴロゴロ転がって酒を吸うという怪。(倉石忠彦「信州の妖怪」季刊「自然と文化」84年秋季号)

【トックリコロガシ】 徳利転がし。

徳利廻しともいう。二升徳利を転がすような音を立てて転がってくる化物。(「民間伝承」四ー十一)

【ヤカンザカ】 薬罐坂。

東京(旧豊多摩郡内)の近くに、薬罐坂という気味の悪い処があった。夜分独り通ると薬罐が転がり出すなどといっていた(『豊多摩郡誌』)。

【ヤカンマクリ】 薬缶捲り。

伊那の上の平の近くの丸山というところに出たという。夜になるとガラガラとやかんをまくる音がするが、そこへ行っても何も見えない。(下伊那郡大鹿村教育委員会『鹿塩の民話』/今野円輔『妖怪篇』)また、溝口上城のお堂の急な坂にも出たという。(最上孝敬『黒河内民俗誌』)

大太良坊

大太良坊

相模野のまん中、淵野辺の附近に大沼・小沼という二つの沼が有り、昔、この沼を「じんだら沼」と呼んでいたという話がある。また、相模原の中ほどに褌窪という凹地があり、これは大太良坊が褌を引き摺った跡だといわれている。このじんだら沼の由来は、とてつもなく大きな大太良坊と呼ばれる大男が、尻をつき足をばたばたさせて出来た痕だと伝えられていた。この尻をつき足をばたつかせる事を、関東では地団太を踏むというのも、この「じんだら」という言葉から生まれたともいう(『妖怪談義』)。

近年の物語などに登場する「だいだらぼっち」と同じもの。地方によっては「デェダラボッチ」と称すると『妖怪談義』にある。

夜道を行く旅人を、神の使いである娘が守護していた。そこに大きな大きな、雲をつくような山伏姿が出て「ううかみ(土佐地方の方言で狼)は餌食をとってござるなあ」と言い、呵々大笑して何処へか去った。(「民間伝承」九ー一)

【ダンダラボウシ】 だんだら法師。

伊勢大王町波切では、大王島に住み、ひとまたぎで六百メートル離れた大王崎に来るほどの大男で、村の美しい娘を狙ってさらったという話が伝わる。村中の藁を集めて巨大なわらじを一つ作って大王崎に下げてから来なくなった。(堀田吉雄「伊勢の妖怪」季刊「自然と文化」84年秋季号)

釣瓶落し

釣瓶落し。

又は釣瓶卸しという怪物が道に出るという話は、近畿、四国、九州にも分布している。井戸の拮槹というものが始めて用いられた当座、その突如たる運動に印象づけられた人々の、いい始めた名と思われる。この妖怪も大木の梢などから出しぬけに下って来るというので怖れられたのである。あるいは大きな杉に鬼が住んでいて、下を人が通ると金の釣瓶ですくい上げたという話もある(『愛知県伝説集』)。人をさらうためだけなら金にも及ばなかったろう。何かこれには隠れた意味がありそうである。

【ツルベオロシ】 釣瓶落ろし。

釣瓶落としともいう。彦根には、この名の怪物が通行人の頭上へ木の枝から釣瓶を落とすという寂しい所があった。(「郷土研究」二ー六/『民俗語彙』)

釣瓶下ろし。丹波曽我部村法貴にあるカヤの木の下を夜通ると「夜業すんだか釣瓶下ろそか、ぎいぎい」といって下りてきたという。同村寺の田の忠にあった通称一本松または与力松からは首が下りてきて、通行人を引っ張り上げて食ったともいう。食った後、二三日は飽食のためか下りてこないが、しばらくするとまた取って食ったという。また船井郡富本村の小寺にある大きな松の木も釣瓶下ろしが出るといって恐れられていた。(垣田五百次・坪井忠彦『口丹波口碑集』)

【チャブクロサガリ】 茶袋下がり。

高知県幡多郡奥内村でいう。道の薄気味悪いようなところに下がる。これに当てられると色々な病気になるという。(「民間伝承」四ー二)

【ヤカンヅル】 薬罐吊る。

夜遅く森の中を通ると樹の上から薬罐が下るといっている。(『長野附近俗言集』)

入道

入道の類の怪

【イキニュウドウ】 いき入道。

相模足柄上郡三保村玄倉の沢の近くの杉の木の元に出る。大きなおっさんになって出てきて人をとって食うという、(「民間伝承」十六ー十一)

【オオニュウドウ】 大入道。

ある大工が山道で出会った。見上げれば見上げるほど高くなる。気丈なこの男は腰に差していた指金を抜いて高さを計ろうとすると、急に消えてしまったという。また、こじりくぼ(墓地にある昼なお暗い杉林)で、通りかかった女性の背中におぶさったという。小長井というところでは、夜道に幟のようなものが出て、ひらひらと空に上って行き、見上げれば見上げるほど大きくなった。それをだんだん仰いで見上げ、ひっくり返ると命を取られるとされている。(『静岡県伝説昔話集』/今野円輔『妖怪篇』)

京では、夜分、在家の四辻、軒の下の石橋などから出る。見の丈三倍余りもあり、逃げ出すと追いかけてくるという。高入道とも呼ぶ。(六条而慍斎『百物語評判』一/今野円輔『妖怪篇』)

熊本県下益城郡豊野町下郷小畑で、暗夜、坂を通ると大入道が現れて行く手にふさがり、両の膝頭に射るような眼光を放って驚かせた。人がこの話をして通ると「今にも」といってその大入道が出た。それからこの坂を「今にも坂」という。(『郡誌』/『民俗語彙』)

【オミコシ】 お見越し。

庵原郡両河内村では、道を通るとやさしい人がいて、その人と話していると、話の様子によっては大きくなってみせる。また、ある人が橋のところで鮎を取っていると、それを見ていた小坊主が「どれだけ取れたか」といって大きくなった。どんどん大きくなるので「見越したぞ」と唱えると小さくなって消えた。その大入道を上まで見ると気を失うといわれている。(井之口章次『日本の俗信』)

【シダイザカ】 次第坂。

三瓶山へ行く途中に出る。見る見るうちに高くなり、人が見上げてのけぞると、のしかかって捕まえるという。(島根大学昔話研究会『石見大田昔話集』/今野円輔『妖怪篇』)

【シダイダカ】 次第高。

阿波の高入道とよく似た怪物を、長門の各郡では次第高という。人間の形をしていて高いと思えばだんだん高くなり、見下ろしてやると低くなるという。

厚狭・阿武両郡でいい、人の形をして次第に高くなる怪。見下ろしてやると低くなる。(『民俗語彙』)

山口県にも、人間の形をしていて高いと思えばだんだん高くなり、見下ろしてやると低くなる次第高の怪がある。(柳田国男『妖怪談義』)

【タカニュウドウ】 高入道。

西宮市で、狸とも狐ともいわれる怪で、不意に目前に現われ、見上げると身長は天まで達するほどある。物差しを持っていって一尺、二尺、三尺とそれを計ると消える。(「民間伝承」四ー三)

香川では海辺の松の木に出る。カワウソの仕業といわれる。(『民俗語彙』)

徳島県の高入道は狸とされ、不意に目前に現れ、見上げると身長は天まで届くかに見える。「見越した見越した」というと消える。(『民俗語彙』)徳島県名東郡沖ノ洲村高須には、隱元という狸が高入道に化ける。そして相撲を挑み、人間が勝つと不漁になり、負けると大漁になるという。(笠井新也『阿波の狸の話』)

【タカボウズ】 高坊主。

讃岐の木田郡などで評判する怪物。背の途法もなく高い坊主で、道の四辻にいるという。阿波の山城谷などでは高入道、正夫谷という処に出る。見下ろせば小さくなるという(「三好郡誌」)。

後述の「見上げ入道」と同類の怪。柴田宵曲氏は『怪異博物館』の中で「百物語評判」の記述として、「野原や墓原などでなく、在家の四辻、軒の下の石橋などから出るとされ、臆病風のついた人が夜道をとぼとぼ帰って来る際、自分の影法師を見誤ったもので、その証拠にこの大坊主は前からは来ず、必ずうしろから現れる。四辻や門の出入口、或は夜番の火位の光り、月星のおぼろな影に、影法師が丈高くうつるのを見て、びっくりして気を失うらしい。坊主に見えるのは、もともと影法師の事だから、形がはっきりせぬのであろう」という話を紹介している。

香川県木田郡で、背のとほうもなく高い坊主で、道の四辻にいるという。(『民俗語彙』)

麦の穂が出た頃、夕方遅くまで田畑の近くで遊んでいると高坊主に化かされるという。(『阿波の俗信』/『民俗語彙』)

【ニュウドウ】 入道。

一町田村下田の釜という所を通っていた男が出会った。前に立ちふさがり、舌をペロペロ出して、今にも一舐めしそうな様子だったので、男は一心に神を念じた。入道は五丈もあったが、太刀を持った神が現れ一睨みすると、神輿のようなものに乗って、布を長く引いて丸山の方角へ逃げていったという。(浜田龍一『天草民俗誌』)

河童に似て人に相撲を挑んだりする。昔、鵜島の入道鼻にお化けが出て夜遅くそこを通ると「舟をつけてくれ、舟をつけてくれ」といった。ある力自慢の男が舟をつけると、入道が現れて舟ごと陸に引き上げた。男は入道をなげつけ、相撲になった。やがて鶏が啼くと入道は「今夜はもう止めよう」といった。気がつくと男の体には毛がいっぱいついていた。それから三日ほどして男は死んでしまった。(倉田一郎・報告/今野円輔『妖怪篇』)

【ニュウドウボウズ】 入道坊主。

見越し入道のことである。三河の作手村でかつてこれを見たという話がある。始めは三尺足らずの小坊主、近づくにつれて七尺八尺一丈にもなる。先ずこちらから見ていたぞと声を掛ければよし、向うからいわれると死ぬという(『愛知県伝説集』)。

福島では、イタチが人の肩の上に立つので、見上げれば見上げるほど高くなり、あまり上を見るとイタチに喉首を噛み切られる。出会ったならばイタチの脚を掴んで地面に叩き付ければ退治できるという。(「民間伝承」四ー二)

見越し入道と同じ怪。南設楽郡作手村で、初めは三尺たらずの小坊主で、近づくにつれて七尺から一丈にもなる。まず、こちらから見たぞと声をかければいいが、むこうから言われると死ぬという。(愛知県教育委員会『愛知県伝説集』/『民俗語彙』)

福岡県でもいう。見越しとも。(『民俗語彙』)

【ノビアガリ】 伸び上がり。

見るほど高くなって行くという化け物。川獺が化けるのだという。地上一尺ぐらいの処を蹴るとよいといい、又目をそらすと見えなくなるともいう(北宇和)。こういう種類の妖怪の、物をいったという話はかつて伝わっていなし。出て来るのではなくて、人が見るのである。

北宇和郡下波村で、見るほどに高くなる怪。カワウソが化けるのだといわれ、地上一尺くらいのところを蹴り、目をそらすと見えなくなる。(『民俗語彙』)

徳島県三好郡祖谷山地方。見越しの類の怪で、竹薮にいてはじめ一尺程だが、次第に伸びあがって竹と同じ背丈になる。(武田明『祖谷山民俗誌』)

【ノリコシ】 乗り越し。

影法師のようなもので、最初は目の前に小さな坊主頭で現われるが、はっきりせぬのでよく見ようとすると、そのたびにめきめきと大きくなり、屋根を乗り越して行ったという話もある。下へ下へと見おろして行けばよいという。(『遠野物語』再版)

【ヒトツメニュウドウ】 一つ目入道。

周智郡三倉村木根の白山という山の花がら坂には、夜分一つ目入道、三つ目入道が出る。「見越した、見越した」と言えば消えるが、恐れていて向こうに見越されると邪魔をされる。(今野円輔『妖怪篇』)

【ミアゲニュウドウ】 見上げ入道。

東京などの子供が見越し入道というのも同じもの、佐渡では多く夜中に小坂路を登って行く時に出る。始めは小坊主のような形で行く手に立ち塞がり、おやと思って見上げると高くなり、後には後ろへ仰けに倒れるという。これに気づいたときは、
見上げ入道見こした
という呪文を唱え、前に打ち伏せば消え去るといい伝えている(「佐渡の昔話」)。壱岐では東京と同じに見越し入道というが、夜中路をあるいていると頭の上でわらわらと笹の音を立てる。その時黙って通ると竹が倒れかかって死ぬから、やはり「見こし入道見抜いた」といわなければならぬといっている(『続方言集』)。

先述の「高坊主」、後述の「見越し入道」と同様な怪。佐渡の話などは、影法師の仕業かとも思えるが、壱岐の話は音を伴うことから、影の見誤り説では説明がつかないようだ。

【ミアゲボウズ】 見上げ坊主。

見下げ坊主とも云う。山道に差し掛かった時に出て、見上げると大きく、見下げると小さくなる。(「民間伝承」四ー十一)

【ミコシニュウドウ】 見越し入道。

次第に大きくなり、やがて見上げるようになる。これにつられて顔を上げた瞬間、喉笛にかみつかれて殺されるという。福島の見越し入道は、手に手桶とか提灯を提げているといい、イタチの仕業ともいわれる。(今野円輔『檜枝岐民俗誌』)

相模の山のドヤ(山の入合)に来たとき、緋の衣を着た一丈もある大入道が出た。そこで度胸を据えてどっかりと胡座をかき、草履をぶっちがいに頭に載せ、火打石のほくちでタバコに火をつけ、向かってきたら煙管で叩こうと待っていたら、いつの間にか消えた。(「民間伝承」四ー十一)

信濃北安曇郡で、見上げれば見上げるほど丈の高くなる怪をいう。南信濃ではこれをムジナの仕業といっている。(今野円輔『妖怪篇』)上城から宮ノ窪にいく途中のネンヤサワ(ねきや沢)にも出る。(最上孝敬『黒河内民俗誌』)

大浜茶屋から名古屋に向かう途中の烏頭村というところあたりに出た。三河吉田町(豊橋市)の商人がここを夜通ると身の丈一丈三、四尺、目の光は百煉の鏡のような大入道が歩いて向かってくる。商人も馬子も地に伏していると、化け物は去った。商人はなんとか名古屋に着いたが、発熱がひどく、十三日目に死んだという。(西村白鳥『煙霞綺談』四/今野円輔『妖怪篇』)

見上げれば見上げるほど丈が高くなり、ついには人の背後からのぞくようになる。(『民俗語彙』)岡山県小田郡で、出たらまず頭を見て、順に足の方をみてゆかなけらばならない。足の方からあたまの方へ見てゆくと食われてしまう。(「民間伝承」三ー十一)

壱岐などで、見上げれば見上げるほど丈が高くなる怪。道を歩いているとわらわらと笹の音をさせる。黙って通ると笹が倒れてきて死ぬので、「見越し入道見抜いた」という。(山口麻太郎『壱岐島民俗誌』)

野衾

野衾。

土佐の幡多郡でいう。前面に壁のように立ち塞がり、上下左右ともに果がない。腰を下して煙草をのんでいると消えるという(「民俗学」三巻5号)。東京などでいう野衾はムササビか蝙蝠のようなもので、ふわりと来て人の目口を覆うようにいうが、これは一種の節約であった。佐渡ではこれを単にフスマといい、夜中後ろからともなく前からともなく、大きな風呂敷のようなものが来て頭をつつんでしまう。いかなる名刀で切っても切れぬが、一度でも鉄漿を染めたことのある歯で噛み切ればたやすく切れる。それゆえに昔は男でも鉄漿をつけていたものだといい、現に近年まで島では男の歯黒めが見られた(「佐渡の昔話」)。用心深い話である。

神田鎌倉町の野衾は、形は鼬で目は兎、左右に皮膚の膜があっり、手の指は四本で足は五本、縦横一尺二、三寸で、尻尾や匂いは栗鼠のようだったという。この野衾は猫を捕まえて血を吸った。(『梅翁随筆』/今野円輔『妖怪篇』)

高知県幡多郡でいう。上下左右果てがない。切っても撃っても効果がなく、腰を下ろして煙草を吸えば、二三服する間に消える。(「民俗学」三ー五/『民俗語彙』)

【フスマ】 ふすま。

佐渡で、夜中に前からともなく後ろからともなく、大きな風呂敷のようなものを頭から被せる。どんな名刀で切っても切れないが、一度でも鉄漿を染めたことのある歯で噛み切れば簡単に切れる。それで昔は男も鉄漿をつけていた。近代まで佐渡では男も歯を黒く染める習慣があった。(『佐渡の昔話』/『民俗語彙』)

ヒダル

ヒダル類の怪

【ガキ】 餓鬼。

ヒダルともいう。越前石徹白村のシナノキの下にいた。その下を通るとさもしい気持になる。その時はツバをはくとよいとされている。(宮本常一『越前石徹白民俗誌』)

紀州で旅人を悩ませて餓死させるという。福島県のフチカリ、愛媛県のジキトリに類似した怪。(『民俗語彙』)

【ジキトリ】 じきとり。

ダルに類似し、旅人を悩ませて飢餓させるという。(『民俗語彙』)

【ダル】 だる。

飢えて死んだ者がトリミズ(邪悪な妄念)になり、人に取り憑く。ダルガツクといい、冷たい汗が出て体が氷のようになり、ちょっと休んでもぐらっと寝てしまう。腹が減っていないときでも憑く。この時は掌に「米」という字を指で書いて水を飲めばよい。または飯を一口、口に入れて吐き出し、二口目から飲めば治るという。(林宏『吉野の民俗誌』)

紀伊の旧中辺路の坂の中ほどにある地蔵の前を通ると憑かれる。空腹の時なら一歩も歩けなくなるという。その時、弁当箱にご飯粒が残っていれば十粒でも食べれば元気が出て歩き出せる。ない時は米をいう字を掌に書いて嘗めるだけでも良い。(中瀬喜陽「熊野の妖怪」季刊「自然と文化」84年秋季号)

【ダリボトケ】 だり仏。

北設楽郡の花丸峠下の路傍に、この名前の墓がある。寛永のころ、行倒れになった人を埋葬したもので、ここを空腹の旅人が通ると急にだるくなり、足がしびれて歩行ができなくなる。この時、木の葉でもなんでも一口食べれば治るという。また、同郡田口町和市から振草村小林へ越す峠にも、岩茸取りの餓死した人を祀ったという一基の墓があり、やはりダリボトケ、またはダリガミといって同種の墓がある、(「民族」二ー五/『民族語彙』)

【ヒダル】 ひだる。

ダラシともいい、鹿児島県にも三重県のヒダルと同じ怪がある。(『民俗語彙』)

ひだる。丹波の山の峠などで行く人に飢餓を感じさせる。(『民俗語彙』)

【ヒダルガミ】 ひだる神。

山の峠などで、通る人に飢餓を感じさせる悪霊。近畿地方各地でいう。これに憑かれる場所は大体決っていて、過去にその場所で餓死した人の霊が留まり、行人を悩ますのだとされている。そんな時は、何か食べ物を口にして、残りを近くの薮に捨てればよいとか、米の字を手のひらに書いてなめても良いと言われている。(『民俗語彙』)滋賀県信楽町から伊賀西山に抜ける御斎峠では、朝もやも晴れぬ薄明に出る。旅人の鼻先に異様な餓鬼腹を突き出し「お前は茶漬けを食べたか」といきなり聞いてきて、「はい、食べました」と言うや否や、襲いかかって旅人の腹を引き裂いて僅かに残った飯粒をがつがつ食ったという。(堀田吉雄「伊勢の妖怪」季刊「自然と文化」84年秋季号)

播磨の山の峠などで行人に飢餓感を覚えさせる怪。(『民俗語彙』)

【ヒダルコ】 ひだるこ。

壱岐で、近畿地方などでいうヒダル、ヒダルガミをいう。(『民俗語彙』)

その他

山道や坂道、町外れの道、辻などに出現する怪。

【アカアシ】 赤足。

香川県塩飽諸島の山道の辻などに出る怪。(『民俗語彙』)

【アシマガリ】 足曲り。

狸のしわざだという。正体を見せず、綿のようなものを往来の人の足にからみつけて、苦しめることがあるといっている。(『讃岐高松叢誌』)

【アブラスマシ】 油すまし。

肥後天草島の草隅越という山路では、こういう名の怪物が出る。ある時孫を連れた一人の婆様が、ここを通ってこの話を思い出し、ここには昔油瓶下げたのが出たそうだというと、「今も出るぞ」といって油すましが出て来たという話もある(「天草島民俗誌」)。スマシという語の意味は不明である。

天草島の草隅越という山道に出る。あるとき孫を連れた一人の老婆が、ここを通ってこの話を思い出し「ここにゃ昔油瓶下げたとん出よらしたちど」というと「今も出るぞ」といって油すましが出てきたという。スマシの語意は不明。一町田村益田のうそ峠にも似たようなことがあるという。ある夜、二人の旅人が夜、ここを通りながら「昔、ここに血のついた人間の手が落ちてきおったそうだ」というと、「今もーっ」という声がして血のついた人間の手が坂を転び落ちてきた。少し行ってから「ここには生首が落ちてきおったそうだ」というと「今ああーも」と声がして恐ろしい生首が目の前にころころと転がり落ちてきたという。(浜田隆一『天草島民俗誌』)

【アメオンバ】 雨おん婆。

信州下伊那郡で、雨の降る夜に出るという。(『民俗語彙』)

【イキアイ】 行き会。

広島県山県郡中野村でいい、これに会うと人や牛馬は先に進めなくなる。地蔵に祈れば消えるという。(『大間知篤三著作集』三)

【イッタンモメン】 一反木綿。

一反木綿という名の怪物。そういう形のものが夜間ひらひらと現われて人を襲うと、大隅高山地方ではいう。

鹿児島県肝属郡高山町でいい、そういう形のものがひらひらとして、夜間に人を襲うという。(『民俗語彙』)

【イトヒキムスメ】 糸引き娘。

徳島県板野郡堀江村市場でいい、美しい娘が糸引き車で糸をひくかと思うと、たちまち白髪の姥になり、からからと笑って農民を驚かすことがあるという。(『郡誌』/民俗語彙』)

【ウブメ】 産女。

姑獲烏。往来の辻々に、ときおり赤子の泣き声とともに、死んだ産婦の化身とされる産女が現れ、行きずりの人に赤子を抱いてくれと頼む。これを我慢して抱き続けると思わぬ果報を得るという。(「週間朝日百科」12)

海の怪にも同名の怪がある。

【ウブ】 産。

産女と同じ類で、佐渡でいわれる。嬰児で亡くなった者や、おろした子を山野に棄てたものがなるとされている。大きな蜘蛛の形で赤児のように泣き、追いすがって来て命を取る。履いている草履の片方を脱いで肩ごしに投げて、お前の母はこれだと言えば難を逃れる。(『民俗語彙』)

【ウマノアシ】 馬の足。

福岡県で、古塀から出ている木の枝に、夜になると馬の片足がぶらんぶらんと下がっている。その下を気付かずに通ると蹴飛ばされる。(「民間伝承」四ー七)

【ウレペッシユキ】 ウレペッシユキ(アイヌ語)。

道を歩いていると、足の指頭に目のある者と遭遇する。(吉田厳『人類学雑誌』)

【オイガカリ】 覆いがかり。

歩いていると後ろから覆いかかってくるものをいう。(『民俗語彙』)

【オギャアナキ】 おぎゃあ泣き。

徳島県三好郡祖谷山地方でいい、夜道で赤子のような泣き声を立てる。行ってみると姿は見えない。時には負うてくれといって出ることがあり、これが出た時には負い紐が短いからと言って断るのが良く、そのために負い縄はいつも片方を短く縛っておくのだという。(「ひだびと」九ー一/『民俗語彙』)

【オシロイバアサン】 白粉婆さん。

吉野郡十津川の流域の道に出るという怪で、鏡をジャラジャラ引きずって来るという。(『民俗語彙』) 

【オシロイババ】 白粉婆。

能登で、雪の夜、酒を買いに行く姿をみる。(藤沢衛彦『日本民俗全集』3)

【オッパショイシ】 おっぱしょ石。

土地によってはウバリオン、又はバウロ石などともいう。路傍の石が負うてくれというのである。徳島郊外のオッパショ石などは、ある力士がそんなら負われいといって負うたらだんだん重くなった。それを投げたところが二つに割れ、それきりこの怪は絶えたと伝えられて、永くその割れた石があった(『阿波伝説物語』)。昔話の正直爺さんが、取り付かば取り付けというと、どさりと大判小判が背の上に乗ったというのと、系統を一つにする世間話で、実は格別こわくない例である。

近年の「おんぶお化け」という話と同類で、こうした話が先にあったのだろうと思われる。

徳島郊外でいい、他の土地ではウバリオン、バウロイシともいう。路傍の石が負ってくれというもの。徳島郊外のオッパショイシは、ある力士にせがんだ。力士はそんなら負われいといって負ったら、だんだん重くなり、それを投げたところ二つに割れ、それからその怪は出なくなったという。(『阿波伝説物語』/『民俗語彙』)

【オボ】 おぼ。

上野国利根郡柿平では、道に現われる怪としてオボがいる。鼬の化けたものとも言い、足に絡まってどうにも歩けない。刀の下げ緒とか着物のこづまを切って与えると絡まる事は無い。また、同国利根郡のある山道では、秋の夕方五時頃山道を登ると、まわり中の山の中から赤ん坊の泣き声がした。恐ろしくなって駆け出すと、後を追ってよけい大声で泣くという。この怪は「オボの泣き声」といわれている。(都丸十九一『消え残る山村の風俗と暮し』/今野円輔『妖怪篇』)

越後国南魚沼郡に現れた。新墓をあばき、脳味噌を食うという。山犬のようだが、名だけが有る神秘な獣らしいといわれる。(『民俗語彙』)

【オボログルマ】 朧車。

車争い(牛車の駐車場の取り合い)の遺恨が、亡霊となって平安京の賀茂の大路を朧夜にギシギシと軋りながら徘徊する。(「週間朝日百科」12)

【オワレザカ】 負われ坂。

南河内郡で、夜、ある坂道を通ると「おわれよか、おわれよか」という声がする。気丈な男が「負うたろか負うたろか」というと、ずしんと乗りかかる。それは松の株太だった。家に帰って鉈で割ろうとすると、古狸が正体を顕してわびたという。(『民俗語彙』)

【オンナノクビ】 女の首。

庵原郡両河内村の大原部落方面へ行って帰ってくると、若い女の首がからからからから笑いながらついてきた。近くの民家に飛び込んでようやくそれから逃れたという。(井之口章次『日本の俗信』)

【カオナゼ】 顔撫ぜ。

信州の怪で、冷たい手で通る人の顔を撫でる。(倉石忠彦「信州の妖怪」季刊「自然と文化」84年秋季号)

【カクシンボ】 隠しん坊。

下野では、隠し神を隠しんぼという。

【カクレババ】 隠れ婆。

神戸市平野町では、夕方にかくれんぼをしていると、路地の隅や家の行き止まりに隠れ婆がいて、捕まえて行くという。(「兵庫県民俗資料十一/『民俗語彙』)

【カゼ】 風邪神。

奄美大島で、墓道などで出会う。辺りに風も無いのに生暖かい風が掠めて悪寒がし、家に帰って着物を脱いでみると、身体のどこかに斑紋が出来ていて、間もなく高熱が出る。医者では原因が分からず、ユタに祓いをしてもらって治すという。(恵原義盛「奄美大島の妖怪」季刊「自然と文化」84年秋季号)

【カゴショイ】 篭背負。

岩手県九戸辺りで子供が恐れる怪。官軍勢の転訛とする俗解もある。(『九戸郡誌』/『民俗語彙』)

【カシャ】 火車。

葬送の時、にわかに風雨が強くなり、棺の蓋が取れると、これは火車が死者を取りに来たのだという。この時は、数珠を投げつければ良いとされる。(『茅窓漫録』下/『随筆辞典』四)

五島樺島で、葬列の和尚が天気がよくても傘をさしかけるのは、火車が雨を降らせるからという。(『離島手帖』/『民俗語彙』)

火車は鬼婆で、これに会うと来世は火車に乗せられ地獄へ落ちるという。(「週間朝日百科」12)

【カタワグルマ】 片輪車。

神の御出の日は一村門戸を閉じ、往来を止めて堅く見ることを禁じていた。ある年、村の女が密かに戸に穴を穿って見ると、遥かな所から車のきしる音が聞こえ、ようよ門を過ぎるのを見ると、車の輪一つで引く者もなく巡り来た。上には美しい女房が一人乗っている。車が過ぎて寝ようと閨に行くと幼い娘の姿がない。一、二日過ぎても戻らない。女は社に行き「罪科は我にこそあれ小車のやるかたもなき子をなかくせそ」と言って泣く泣く帰ろうとすると後ろに娘が立っていた。(津村淙庵『譚海』)

近江国甲賀郡で、毎夜ゴロゴロと音を立てて車が通り、これを笑えば罵られ、さらに言えば祟られるといわれ、誰も見なかった。ある時、一人の女がそっと見たところ、一人の美女が火炎に包まれた方輪の車で引く人もないのに走っていった。閨に戻ると二歳になる子がいなくなっている。翌朝、一首をしたため戸に張った。「罪科は我にこそあれ小車の やるかたわかぬ子ををなかくしそ」。その夜、片輪車は闇の中から歌を高らかに読み、子供を返してくれたという。(菊岡沾涼『諸国里人談』巻二)

【カネダマ】 金玉。

沼津地方では、金玉を拾って床の間に安置すると大金持になれるといわれている。しかし、それは自然のままで保持しなければならないという。もし、それを傷つけると家を絶やしてしまうとされる。金玉は夜一人で歩いているときに、運のある人の足元にころころと赤い光を出して転がってくる。(「民間伝承」八ー七)

【カネンヌシ】 金ん主。

天草島の浦村名切の橋のたもとに大晦日の真夜中、武士の姿をして出る怪。これと力くらべをして勝てば大金持ちとなる。(浜田隆一『天草島民俗誌』)

【カブキリコゾウ】 株切り小僧。

小さいおかっぱの小僧で、丈の短い着物を着て、寂しい山道や夜道に出て「水飲め茶飲め」といって通る人に勧める。狢が化けたものという。(「民間伝承」五ー二)

【カミキリ】 髪切り。

狐の怪。「狐」の項参照。

江戸の髪切は、狐の怪とはなっていない。神田紺屋町で、金物屋の下女が夜買物に出て、何者かに髪を切られた。下女は家に戻るまで気付かず、言われて失神してしまった。その道を辿ってみると、髪が結われたまま落ちていたという。(菊岡沾涼『諸国里人談』巻二)

下谷の小嶋家の小女が、朝起きて玄関の戸を開けようとすると、頭が重くなるように感じ、忽然として髪が落ちたという。(大田蜀山人『半日閑話』)

伊勢松坂では、夜中に往来の人の髪を切る。男女を問わず結んだ状態で地に落ちているが、当人はいつ切られたか覚えがない。(菊岡沾涼『諸国里人談』巻二)

【カンギリッコ】 髪切りっ子。

越後の魚沼郡では、おかっぱの子供姿で、決まった場所に出るという。(『民俗語彙』)

【カムロ】 かむろ。

那覇と与那原の間にある一日端では良く踊りの音がする。近づいて引き込まれることがある。これは「マ」の仕業という。(折口信夫「沖縄採訪手帖」)

家に居る怪。カムローともいい、カー(井戸)に住んでいて、子供等が覗くと引き入れる。また、古井戸を覗くと水面の影をカムローに取られ、その人は病気になる。(金城朝永「琉球妖怪変化種目」/「郷土研究」五ー二)

【ガンゴ】 がんご。

徳島県三好郡祖谷山地方で、子供が夕方などいつまでも遊んでいると、ガンゴが来るから帰れという。(武田明『祖谷山民俗誌』)

【キナポソインカラ】 キナポソインカラ(アイヌ語)。

草むらから外を覗いていて、歩いてくる人を見つけると悪さをする化け物。(菅野茂「アイヌの妖怪」季刊「自然と文化」84年秋季号)

【クウケェシュキ・クウケエパロ】 

クウケェシュキ(アイヌ語)は肩の上に目のある怪、クウケエパロ(アイヌ語)は肩の上に口のある怪。両方ともサンダーやカラプトにいて、土塁の陰に穴を仕掛けポンヤウンベ(兵士)に悪戯をしたという。(吉田厳『人類学雑誌』)

【クネユスリ】 くね揺すり。

秋田県仙北地方で、小豆磨ぎの近くに出る怪。生け垣を激しく揺するとされる。(「旅と伝説」十一ー七/『民俗語彙』)

【コトリゾ】 子取りぞ。

路地の奥や行き止まりなどにいて、子供を捕まえてゆく隠し婆をいった。(柳田国男『妖怪談義』)

【ゴメンバシ】 御免橋。

西宮の西浜にある端で、夜、ここを通る人は「ごめん」といわないと川中に投げ込まれることがあった。いまでも「ごめん」といって通るという。(「民間伝承」四ー三)

【コラダカショ】 こらだかしょ。

長門厚狭郡角井原の坂などに出る怪。アカダカショともいう。(『民俗語彙』)

【サガリ】 下がり。

道の傍の古い榎樹から、馬の首がぶら下るという話のある場処は多い。備前国邑久郡にも二つあり、その一つは地名をサガリといっている。(「岡山文化資料」二巻6号)

道の傍の榎から馬の首がぶらさがるという。(今野円輔『妖怪篇』)

【サダ】 さだ。

青森県西津軽郡赤石村の山路に出る。これに憑かれると鼻水が出る。(『山村生活の研究』/『民俗語彙』)

【シイ】 しい。

熊野地方で餓鬼をいう。山道の亡霊が旅人を悩ませ、ついには餓死させるという。(『民俗語彙』)また、紀伊国有田郡ではヤマアラシのことといい、牛はこれをひどく恐れるので、牛言葉でシイシイというといわれる。(「民間伝承」四ー三)

牛の害敵で、山口県大津郡などでは、以前は五月端午の日に牛を使う事を禁じ、植え付け時分には牛に牛具をつけたままでは川を渡さず、女には牛具を持たせなかった。また五月五日から八朔までの間は、他村の牛を引き入れさせなかった。これらの戒を犯せばシイがついて牛を食い殺すといい、他村への通り抜けも許さなかった。(『風土注進案』/『民俗語彙』)

【シチニンドウギョウ】 七人同行。

牛の股から見えるとか、耳の動く人は見えるとかいう。ある人の見たという話によると、四辻で牛が急に立ち止まって動かなくなったので、牛の股から向こうを見ると、七人同行が行列して歩いていったという。(「讃岐民俗」二)三豊郡五郷村では、ミチニンドウギョウに行き当たると死ぬという。高知県のミサキの項参照。(『民俗語彙』)

【シチニンドウジ】 七人童子。

香川県仲多度郡多度津町で、丑三時に四辻を通るとこの名のものに会うといい、人の通らない四辻がある。(『民俗語彙』)

【シバカキ】 しば掻き。

夜分に路傍で石を投げる怪物だという(玉名)。シバは多分短い草の生えた処のことで、そこを引っ掻くような音もさせるのであろう。

【シバガキ】  柴がき。

玉名郡南関町でいう。路傍で夜、石を投げる怪。(『民俗語彙』)

【シマーブー】 しまーぶー。

喜界島で、夜間、人の行く手に突然現れ、通行を妨げる。枝を広げた木のような怪。(『民俗語彙』)

【シャクシイワ】 杓子岩。

作州箱村の箱神社の近傍にある杓子岩は、夜間人が通ると味噌をくれといって杓子を突き出したのでこの名があるという(「苫田郡誌」)。味噌を持ってあるく人もそうあるまいから、これはもと味噌を供えて祭った石かと思われる。

岡山県苫田郡泉村箱の箱神社近くにある岩。夜間この傍を通ると、味噌をくれといって杓子をつきだす。(『民俗語彙』)

【シュノバン】 朱の盤。

会津の諏訪宮に伝わるという化け物。眼は皿の如く、額に角が一つあり、朱の如き顔で、頭には針のような毛が生え、口は耳まで裂け、歯がみする音は雷のような音という。

『妖異博物館』では、『老媼茶話』にある話として紹介している。

また、庄内藩酒井家に仕える武士の家にも「朱盤」(シュバン)と呼ばれる怪がいた。赤ら顔の大入道で、天井から逆さまにぶら下がっていて、武士が取り押さえると、身体がすっと縮まり消えたという。(畠山弘『山形県怪談百話』)

越後見附町近くの元町には、青石塔があり良くない所といわれる場所があり、そこに朱の盤と呼ばれる怪物がいた。昔、富豪がその塔の下に金を埋めたが、それを盗みに行く者は必ず化け物に出会い盗み出せなかったという話が伝わる。それは大坊主で顔が朱の盤のようだった。(外山暦郎『越後三条南郷談』)

【シロボウズ】 白坊主。

泉州では夜分路の上でこの怪に遭うという畏怖が今もまだ少し残っている。狸が化けるもののようにいうが無論確かな話でない。狐は藍縞の着物を着て出るというから、この白坊主とは別である。

伊勢飯岡郡でいわれる怪。その正体は不明。(『民俗語彙』)

和泉国泉郡取石村でいう怪。ここでも本体が何か分からない。(『民俗語彙』)

【スナカケババ】 砂掛婆。

奈良県では処々でいう。お社の淋しい森の蔭などを通ると砂をばらばらと振り掛けて人を嚇す。姿を見た人はないという(沢田四郎作『大和昔譚)のに婆といっている。

西宮市今津のとある松の木に出た。晩にそこを通ると、頭の上から砂を掛ける。ただし、砂を掛ける音をさせるだけで、砂は見受けないという。(「民俗伝承」四ー三)

人影淋しい森のかげや神社のかげを通ると、砂をバラバラ振り掛けて驚かす。(『民俗語彙』)

【スネコスリ】 脛擦り。

犬の形をして、雨の降る晩に、道行人の足の間をこすって通るという怪物。(備中小田)

岡山県小田郡で、犬の形をしていて、雨の降る晩に通る人の足の間をこすって通る怪。(『民俗語彙』)

【ソデヒキコゾウ】 袖引小僧。

武蔵国比企郡の中村村では、夕方、道を歩いていると後ろから袖を引くものがいて、驚いて振向くと誰もいない。歩くとまた引かれるという。(「川越地方郷土研究」一ー四/『民俗語彙』)

【ソロバンボウズ】 算盤坊主。

路ばたの木の下などにいて、算盤をはじくような音をさせるから算盤坊主(『口丹波口碑集』)。

丹波船井郡西別院村笑路の西光寺の傍のカヤの木に出た。夜遅く木の下を通ると坊主のような風体の男が、木の下で盛んに算盤を弾きだす。狸の仕業かともいうが、昔この寺の小坊主が、計算のことで和尚に罵られ、この木で首をくくったという話もある。(垣田五百次・坪井忠彦『口丹波口碑集』)

【タテクリカエシ】 立て繰り返し。

越後には手杵のような形で、向うからスットン、スットンと音を立てながら筋を打ち打ちやって来て、出合い頭に人をひっくり返す怪がある。これに気付いた時は、尺前(2、30cm)で身を躱せば良い。急な方向転換ができないからという。(「民間伝承」四ーニ)

【ダラシ】 だらし。

北九州一帯でいう。山道を通る人が急に空腹疲労を感じて動けなくなることがあり、これはダラシの仕業だという。これに憑かれる場所は大抵決っている。近畿地方のヒダルと同じ。(『民俗語彙』)

【ツエツキ】 杖突き。

土佐郡蓮池村で、夜、杖の音をさせて通る者がいる。これに会った人はたちまち死ぬという。(広江清編『近世土佐妖怪資料』)

【ツケヒモコゾウ】 付紐小僧。

信濃の南佐久郡田村村大奈良にある小豆磨ぎ屋敷の近くに出る怪。夕方、付け紐を解いた七、八歳の子供が歩いて来る。紐を結んでやろうと近づくと、皆騙されて一晩中歩かされて朝帰るはめになるという。今でも遅くまで隠れ遊びなどをしている子供などに、付紐小僧が出るぞといっておどすという。(『南佐久郡口碑伝説集』/『民俗語彙』)

現代では、暗くなるまでかくれんぼや鬼ごっこをして遊ぶ子供達の姿は見られない。それどころか通学途中でも、おかしな大人に悪戯されたり、果ては殺されたりする事件が多く、ますます外で遊ぶ子供がいなくなった。まだ日本の社会が平和で、地域社会がしっかり存在していた時代は、子供は子供同士で集団で遊び、その中で社会性を自然に身に付けていったが、それも無くなり、それによりますます社会性の欠落した人間が多くなるという悪循環に陥っている。

【ツジノカミ】 辻の神。

淡路の三原郡沼島村(現南淡町)で、四辻に出る怪。(『離島手帖』/『民俗語彙』)

【テンイチサマ】 天一様。

岡山県阿哲郡上刑部村(大佐町)でいい、これに会うと体の具合が悪くなったり足が痛くなったりする。(『民俗語彙』)

【トイポクンオヤシ】 トイポクンオヤシ(アイヌ語)。

「地下のおばけ」の意。地下に潜んだまま姿を見せない。トイボクンペ(地下の者)ともいう。林の中を女性が歩いていると、突然地中からキノコのように男根が現れ、ホタリホタリ(起き上がり起き上がり)する。その時は慌てず前をまくって「お前さんのがそんなに立派だって自慢したいの。私だってまけないわ。したいならしましょ」と言ってその動作をすると、満足して退散するという。これは男のトイポクンオヤシだが、女のトイポクンオヤシもいて、カラス貝のような女陰を地表に覗かせ、オッヘラオッヘラ(ゆらゆら揺れる)させる。この場合も、男性は男の立場で同じようにすれば退散する。(知里真保編約『アイヌ民譚集』)

【ドロタボウ】 泥田坊。

ぐうたら息子が遺産の田地を人手に渡したのを逆恨みして現れる。(「週間朝日百科」12)

【ニタッウナラペ】 ニタッウナラペ(アイヌ語)。

湿原の小母という意。またはケナシウナラペ(平原の小母)ともいう。女の姿をしているが、肩が隠れるほど髪が長く顔にも垂れているので、見た目では前後が分らない。(菅野茂「アイヌの妖怪」季刊「自然と文化」84年秋季号)

【ニッタラサンペ】 ニッタラサンペ(アイヌ語)。

姿はマリモのように丸く、直径六、七寸(20cm程)。茶褐色で羽根が生えていて鳥でも獣でも無い格好で転がる。これを見ると運が悪くなるという。(菅野茂「アイヌの妖怪」季刊「自然と文化」84年秋季号)

【ヌリカベ】 塗り壁。

筑前遠賀郡の海岸でいう。夜路をあるいていると急に行く先が壁になり、どこへも行けぬことがある。それを塗り壁といって怖れられている。棒を以て下を払うと消えるが、上の方をたたいてもどうもならぬという。壱岐島でヌリボウというのも似たものらしい。夜間路側の山から突き出すという。出る場処も定まりいろいろの言い伝えがある。(『続方言集』)

福岡県遠賀郡の海岸でいう。夜道を歩いていると、急に行く先が壁になり、どこへも行けないことがある。棒で下を払うと消えるが上の方を叩いてもどうにもならない。(『民俗語彙』)

【ヌリボウ】 ぬり棒。

壱岐で、夜間、山道の山側より突き出すという。出る場所も決まっていて、様々な言い伝えがある。(『続方言集』/『民俗語彙』)

【ノズコ】 のずこ。

南宇和地方で、夜山道を歩いていると、暗闇の中でギャッという薄気味悪い叫び声を上げる。その途端、足がもつれて歩けなくなることがある。(武田明「讃岐・阿波・伊予の妖怪」季刊「自然と文化」84年秋季号)

【ノヅコ】 野づこ。

高知県幡多郡橋上村(宿毛市)でいう。これに出会ったら草蛙の乳首をやるか草をちぎってチボ(乳首)にして投げてやると退散する。(「旅と伝説」十五ー六/『民俗語彙』)

【ハシヒメ】 橋姫。

山城国宇治橋に現れる。顔だち至って醜く、そのために配偶無く独りやもめである事を怨み、人の縁辺を妬むという怪。(「週間朝日百科12」)

【バリヨン】 ばりよん。

越後のある地方では、夜中に道を歩くと、その背中に飛び乗って頭をかじるモノがいる。だから夜道を歩く時は金鉢を被ると良いという。バリヨンとは負われたいという意味で、そのバリヨンを家まで負って来た者がいて、それは金瓶だったという話も伝わる。(外山暦郎『越後三条南郷談』)

【ヒトコエオラビ】 一声おらび。

対馬でいわれ、名前を一声だけ呼ぶという。そこで、島では人を呼ぶ時には二声か三声続けて呼ばなければいけないという。(『井之口章次『日本の民俗』)

【ビシャガツク】 びしゃが付く。

越前坂井郡では冬の霙雪の降る夜路を行くと、背後からびしゃびしゃと足音が聴こえることがあるという。それをビシャがつくといっている。

【ヒチニンドウジ】 七人同志。

寛延年間の百姓騒動で処刑された七人の同志が、今も雨のそぼ降る夕方などにうつうつと話しながら蓑笠姿で歩くという。行き逢った人は気分が悪くなり、家に入る前に家人に大箕であおいでもらうという。(武田明「讃岐・阿波・伊予の妖怪」季刊「自然と文化」84年秋季号)

【ヒヲカセ】 火を貸せ。

火を貸せという路の怪が出る場処が、三河の北設楽郡にはある。昔鬼久左という大力の男が夜路を行くと、さきへ行くおかっぱの女の童がふりかえって火を貸せといった。煙管を揮って打ち据えようとしてかえって自分が気絶してしまった。淵の神の子であったろうという。(愛知県教育委員会『愛知県伝説集』/『民俗語彙』)あるいはこれとは反対に、夜分人が通ると提灯のような火が出て送って来るというような所もあった。ある村の古榎の木の下まで来ると消える。それでその古木を伐ってしまったら出なくなったという(同上)。

【フクロカツギ】 袋担ぎ。

信州埴科郡でいわれる。夕方隠れ鬼をするとこれに隠されるとされる。(「郷土」一ー四/『民俗語彙』)

【フトンカブセ】 布団被せ。

ふわっときてスッと被せて窒息させるという怪、(柳田国男『海村生活の研究』/『民俗語彙』)

【ブンブクチャガマ】 文福茶釜。

秋田県南秋田郡の戸賀村で、村の真中に大榎が有り、夜などにこの下を通ると下がるという。(「民間伝承」四ー二)

文福茶釜の本説の事 館林の出生の者語りけるは、館林在上州青柳村茂林寺といふ曹洞禅林の什物也。昔は参詣の者にも乞ふに任せ為見けるが、今は猥りに見せざるよし。さし渡三尺、高さ弐尺程の唐銅茶釜なり。如斯の形にて、茂林寺に江湖結斎の時、むかし大衆に茶出すに、煎じ足らず迚、其頃主たる僧守鶴と言へる、是を拵へさせし由。右守鶴はいつ頃より茂林寺に居けるや知るものなく、老狸のよし申伝へしと言。是を童謡に唱ぬらんと云。(『耳袋』巻之八)

【ベトベトサン】 べとべとさん。

大和の宇陀郡で、独り道を行くとき、ふと後から誰かがつけて来るような足音を覚えることがある。その時は道の片脇へ寄って、

ベトベトさん、さきへおこし

というと、足音がしなくなるという(「民俗学」二巻5号)。静岡県でも同様の話がある。

【ペンタチ・コロ・オヤシ】 ペンタチ・コロ・オヤシ(アイヌ語)。

松明をかざすお化けという意。夜中、松明をかざして横行し、往来の人にさまざまな怪をなす。ある時、トユクの酋長が夜道で出会ったが、松明の火が雪に映って昼間のように明るかったという。近付いて来て触れようとした瞬間、隠し持っていた刀で突き殺したが、酋長も気を失った。翌朝、人をやって辺りを調べさせると、大きなワタリカラスが死んでいたという。(知里真保編約『アイヌ民譚集』)

【ホオナデ】 頬撫で。

甲斐南都留郡道志村の小暗い谷間の小路に出る。青白い手が暗闇から出て頬を撫でるという。(伊藤堅吉『道志七里』/『民俗語彙』)

【マチイヌ】 待ち犬。

美濃国恵那郡川上村で、道の行手に出る怪。ほしいほしいと低い声を出しながら出るという。(「山と人と生活」/『民俗語彙』)

【ミノムシ】 簑虫。

越後では評判の路の怪であるいは鼬のしわざともいう。小雨の降る晩などに火が現われて簑の端にくっつき、払えば払うほど全身を包む。ただし熱くはないという(「西頸城郡郷土史稿」二)。信濃川の流域にはこの話が多く、あるいはミノボシともいう。多人数であるいていても一人だけにこの事があり、他の者の眼には見えない(井上氏妖怪学)雨の滴が火の子のように見えるのだともいう(三条南郷談)。越前坂井郡でも雨の晩に野路を行くとき、笠の雫の大きいのが正面に垂れ下がり、手で払おうとすると脇へのき、やがて又大きい水玉が下り、次第に数を増して眼をくらます。狸のしわざといい、大工と石屋とにはつかぬというのが珍しい(「南越民俗」二)。秋田県の仙北地方で簑虫というのは、寒い晴れた日の早天に、簑や被り物の端についてきらきら光るもので幾ら払っても尽きないというから、これは火ではない(「旅と伝説」七巻5号)。利根川図誌に印旗沼のカワボタルといっているのは、これは夜中に出るので火に見えた。これも越後のミノムシと同じものだろうといっている。

【ムン】 むん。

沖永良部島に、人をたぶらかして道を迷わせる怪をいう。(『民俗語彙』)

【メットッポ】 目とっぽ。

五島地方で、目一つ坊の意味で、一つ目小僧のことをいうらしい。これが出る日は一定していない。(『民俗語彙』)

【ヤギョウサン】 夜行さん。

阿波の夜行様という鬼の話は民間伝承にも出ている(「民間伝承」三巻2号)。節分の時に来る髭の生えた一つ目の鬼といい、今は嚇されるのは小児だけになったが、以前は節分・大晦日・庚申の夜の外に、夜行日という日があって夜行さんが、首の切れた馬に乗って道路を徘徊した。これに出逢うと投げられ又は蹴殺される。草鞋を頭に載せて地に伏していればよいといっていた(「土の鈴」11号)。夜行日は『拾芥抄』に百鬼夜行日とあるのがそれであろう。正月は子の日、二月は巳の日と、月によって日が定まっていた。

徳島県三好郡山城谷村などでいう。節分の晩に来る髭の生えた一つ目の鬼だといわれ、お菜の話をしていると毛の生えた手を出すという。(「民間伝承」三ー二)以前は節分、大晦日、庚申の夜の外に夜行の日という日があって、夜行さんが首の切れた馬に乗って道を徘徊した。これに出会うと投げられまたは蹴殺される。出会ったら草蛙を頭に乗せて、地に伏していればよいといった。(「土の鈴」十一/『民俗語彙』)

本文「鬼」の項に「百鬼夜行」の解説があるので参照。

【ヤマガミ】 山神。

土佐山中の路辺の岩の上に女の首があった。髪を美しく結び、顔に紅粉を粧し、年の頃三十ばかりと見え、莞爾と笑っているようだった。一本道なので是非なく前に進んだが、何の害も無かった。(広江清編『近世土佐妖怪資料』)

【ユビナガババサ】 指長婆さ。

道に現れる怪で、松本地方でいう。(「民族」1ー1/『民俗語彙』)


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