《山賊・盗賊》(さんぞく・とうぞく)

海の民同様、山中を移動して生活するため律令制の支配から外された山の民。『吉原御免状』で「山人」(やまびと)とあるのもこの山の民の事で、山窩、傀儡子、樵夫、マタギ、木地師など山で暮す人々の総称。

隆慶一郎は小田原北条氏に仕えた箱根を本拠とする風魔一族と傀儡子族を同じ系譜の人間とし、彼らは定住せずに漂泊して生活する民族で、大陸からの移動で列島に渡ってきた渡来民と関連づけている。

【山窩】(さんか)

主に山岳地帯を住処とし、狩猟・採集などで生計を立てていた事から定住せず、一族を治める長(おさ)の元、集団で移動していた。彼等は近代まで中央の権力に与しない誇り高き人々であり、中央政府の支配が及ばない人々であったため山賊・盗賊として扱われ、また恐れられていた。

隆慶一郎は『捨て童子松平忠輝』(上巻183P)で、「山窩は傀儡子と同じ血族であり、傀儡子が町や街道をさすらい、芸能を職とするのに対して、山窩は山間をさすらい、蓑づくりを職とする」と書いている。

諸藩の山廻り同心は、なぜか山窩を目の敵にしている。不幸にしてぶつかれば、十のうち十まで闘争になり、どちらかが死ぬことになる。山窩側は、何故自分たちが目の敵にされるか分からない。何一つ悪いことはしていないのである。自分たちの生きざまそのものが、幕府の法に叛いているなどと考えてもいなかった。山窩には国境がない。山はどこまでもひとつながりの山であり、自由に歩きまわれる自分たちの栖であり、庭である。己の庭を歩いていて、何故咎められねばならないか。年数も数えきれぬほどの太古から、自分たちはこうやって生きて来たのである。領地といい、国境いといい、侍たちが勝手気ままに決めたものを、自分たちに押しつけるのは迷惑だった。そんなものは、決めた侍同士が守ればいい。自分たちは放っておいて貰いたい。第一、国境いなどといっても、侍は本当の奥山まで来たためしがないではないか。まして栖んだことなどあるわけがない。それが山窩のいい分だった。(『鬼麿斬人剣』55p)

 

【野武士】(のぶし)

落武者などの具足を剥ぎ取って武装した土民。(『新明解国語辞典』)野伏り(のぶせり)の転訛した詞ともいわれ、山野に住み峠道などに出没する山賊と化し、通行人から通行料など金品を脅し取る者が多かった。

 

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(最終更新日/2007.5.29)