《道々の輩》(みちみちのともがら)
「隆慶わーるど」のキーワードの一つで、広義の「職人」を指す詞。この場合の道は、道路や街道に使われる道のように物理的な過程(行程)を指す言葉ではなく、柔道、剣道、あるいは茶道、華道に使われる道で、特別あるいは特殊な技能、技術の修得の過程を指す。すなわち「道々の輩」「道々の者」とは、鎌倉時代の「職人歌合」などに出て来る医師、陰陽師、鍛冶、番匠、刀磨、鋳物師、博打、海女、遊女など手工業者から芸能民、宗教家などさまざまな職能民を云った。隆慶作品に登場する傀儡師や猿楽師、武芸者などもこれらの職能民に入る。
平安時代後期から室町時代にいたり「道々の輩」あるいは「道々の細工」という言葉がもっぱら使われている。「道々」というのは、職人と呼ばれる職能種の人々に、それぞれの道があったからで、たとえば手工業者の場合、木工には木工道、漆工には漆工道、螺鈿をつくる人々には螺鈿道があり、博奕打の場合に博奕道があった。「兵(つわもの)の道」も同じことで、これらの人々はそれぞれの「道」に即して自分の職能を働かせている。そこから「道々の者」という言葉が出てきた。(網野善彦著『日本中世の民衆像』)
室町時代末期に成立されたとされる『七十一番職人歌合』は、様々な「歌合」の中でも後期に作られていることから、そこに現れる職人の種類が尤も多い。そのため中世の職人像をイメージしやすい資料とされている。そこで、そこに記された職種を『中世職能民職種一覧』としてまとめましたので参照ください。
【七道往来人】(しちどうおうらいにん) 「諸国往来人」ともいう。「七道」とは五畿七道の七道で全国という意味。「道々の輩」と呼ばれた各種職能民達は、その職能、技術を持って朝廷に奉仕する供御人であったり、社寺の神人(寄人)で、朝廷や社寺の庇護を受け、諸国に設けられていた関所を自由に往来する権利を得ていた。
【供御人】(くごにん) 内蔵寮や掃部寮、造酒司、主殿寮などの天皇直属の内廷に属し、その技術を持って奉仕していたため、一般の農民や町民が負う年貢や公事が免除されていた。
【神人】(じにん) 石清水八幡宮、春日社、日吉社などの神社に奉仕し、供御人と同様に年貢や公事から免除されていた。また清水寺や興福寺などの大寺院に奉仕している場合も同様で、「寄人」(よりうど)と呼ばれる。
【犬神人】(いぬじにん)
比叡山延暦寺(山門)の末社、京都祇園社に隷属していた犬神人が特に有名。赤色の布衣に白覆面姿で、八角棒を携行し、境内地の汚穢の清掃、祭礼の警備、社家や山門による犯罪者の取締りやその住居の破却処分の執行などに従事するかたわら、弓弦の製造・販売でも生計を立て、「つるめそ」(弦召)とも呼ばれる。身分的には賤民視されたが、祇園社の神輿を甲冑姿で先導したのも犬神人たちであった。近世には、その住居は弓矢町に限定され、弓矢・弦・弓懸を製作・販売するとともに懸想文(辻占)売りもした。正月二日に洛東の愛宕寺で彼らが行った牛玉加持を「天狗酒盛」と呼んだ。
(最終更新日/2007.5.29)