《願人坊主》(がんにんぼうず)
人に代って願かけの修行・水垢離などをした乞食僧。(『広辞苑』第二版)
江戸時代、上野の東叡山寛永寺に属した修行僧。広義では、こじき僧、また、髪の毛ののびた僧を指す。(『新明解国語辞典』)
また、「願人は妻帯肉食の修験者なり」ともある。『人物・人名事典』「酒井常光坊」の項参照。
願人坊主 東叡山御配下にて、橋本町に頭あり、何某院と云ひて、立派の者なり、此むれ皆無頼者多し、さむき朝といへども赤裸にて、とう/\と云て、門々に立ちて銭を乞ふ、また考物など持ち来るもあり、亦、子供は一文人形をならべて、是れはこれでも王子の稲荷大明神、色は白くも九郎助いなりの大明神、などゝいひて、さま/\〃の名を付、二三十ばかりもならべて銭を乞ふ、天保の頃、風体の悪き故、禁ぜられて、袈裟などかけて来れり、(『わすれのこり』)
願人坊主。一種の乞食坊主。代参・代垢離、あるいは芸を演じながらお札を売ったりした。鞍馬寺大蔵院の支配を受け、神田橋本町が集住地として知られていた。(『耳袋』巻之三解説)
(最終更新日/2007.5.19)