《武家/武士心得》
【家訓】(かくん)
庭訓(ていきん)。家庭での教訓。家庭教育。主に武家社会で重用せられた。
有名なものに毛利元就が遺した「三子教訓状」(三矢の教え)などがある。また『早雲寺殿廿一ヶ条』『葉隠』などもその類の書として諸家で利用された。とくに、室町期に出来た『庭訓往来』は、広く武家社会の家庭教育書として重んじられ、多くの武家の子息は、この書を毎日書き写すことで習字の練習、文字や文章の勉強、手紙の書き方などを学んでいた。
庭訓 〔論語、李氏篇「嘗独立、鯉趨而過レ庭、曰、学レ詩乎、対曰、未也、不レ学レ詩、無2以言1、鯉退而学レ詩、云々」より出でたる語〕家庭の教訓。父より子に対する教訓。家庭教育。庭教。にわのをしへ。 晋書、孫盛伝「雖2子孫斑白1、庭訓愈峻」 明月記、寛喜三年三月三日「昔聞2庭訓1、即如2此事1歟」 太平記、七、吉野城軍事「宮の御先途を見はて進らせよと、庭訓を残しければ」 拾遺伽婢子、一「兄が云ひ置きし事を忘るるなと、泣く泣く庭訓を残し、さて姑に向ひ」(『大言海』)
【側臥】(そくが)
(一)からだのわきを下にして寝る。(『角川漢和中辞典』)
『広辞苑』では(一)に「そばに臥せること。そいね。」の意を記し、(二)で、「からだを横に向けてねること。」としている。
右を下にして側臥するのが武士の嗜みだった。これは就寝中に襲われても右腕を残すためで、右腕一本あれば刀を取って戦うことができるからという。
【常在戦場】(じょうざいせんじょう)
武士は常に戦場にあるという緊張感を持っていなければならぬという心構えを説いた成句。
【武士の定義】(ぶしのていぎ)
武士 常に武術を習ひ、軍陣に出づるを職とする者。もののふ。さむらい。武者。武人。兵士。 漢書、韓信伝「高祖令2武士縛レ1信、載2後車1」 後漢書、功都夷伝「先以2詔書1、告2示三郡1、密徴2求武士1、重2其購賞1、乃進レ軍」 続記、八、養老五年正月詔「文人武士国家所レ重、医卜方術古今斯崇」 安斉随筆、十五、武士武家「武士といふは、朝廷武官の人の総称にて、上古の書にも、武士といふ名目あり」(『大言海』)
[隆慶作品にみる武士の定義]
侍は義のため、又は単なる意地のために、身を鴻毛の軽きに比し、死に狂いに死んでゆくからこそ侍なのだ。(「張りの吉原」83p)