《幻獣》(げんじゅう) 

不思議な生物の事。

古くは鬼や天狗、河童、人魚、霊獣などで、近年ではツチノコやヒバゴンなどの未確認生物や不思議な生き物をいう。

江戸時代の絵図や瓦板に目撃されたという姿を、現代にとどめる。絵図は厄除けとして掲げられるなどの需要があったらしい。

【類語】怪獣。モンスター(Monster)。 

【怪獣】(かいじゅう)

あやしいけもの。不思議な獣。(『広辞苑第二版』)

古今東西、人間は妖怪や化物などと同様に怖いもの見たさの心理があるのか、この種の話が好きなのだろうと思う。特に科学が発達した近代以後、未知のものに惹かれる傾向が強いようだ。その代表ともいえるゴジラやウルトラマンシリーズの怪獣ものは、いまだに根強い人気があるし、トリック写真が暴露されて以来その感心が薄れたとはいえ、ネス湖のネッシーやヒマラヤの雪男などの話は、子供ばかりでなく人々を引き付ける。

こうした現代の想像上の怪獣や未確認生物ばかりでなく、絶滅した恐竜なども怪獣の概念に含まれている。また、中国から伝わった龍や麒麟なども怪獣の一種で、近世まではそれらは神の使いとして仏画などに描かれた。

[怪獣逸話]

彦坂家椽下怪物之事

文化三寅年、小普請支配なりし彦坂九兵衛駿府御城番被仰付、彼地へ引越とて家内取込居たる折ふし、或日椽下より奇怪の物出けるよし。頭は鼬の如く、足手はなく惣身は蛇の如く、大さ弐尺廻り程にてしゆろの如き毛惣身に生ひて、長さは三丈斗も有べし。椽下より出て庭の内を輪になりて暫く過、又椽下へ入りしと也。何と申物にや、知るもの更になしと也。(『耳袋』巻之七) 

【河童】(かっぱ) 

かわわっぱの略で、想像上の生き物。川童。

水陸両棲とされ、形は四、五歳の子供のようで、面は虎に似、嘴尖り、背中に甲羅があり、毛髪少なく、頭上に凹みがあって、少量の水を容れる。その水が有る間は陸上でも力強く、他の動物を水中に引き入れて血を吸うとされる。河中で子供が良く溺死するのは、河童のせいだとされた。

かわっぱ、河(川)郎、河(川)伯、河(川)太郎、旅の人などの異名を持つ。

仁徳天皇の時代(313〜99)、中国の奥地に住んでいた九千匹の河童集団が、揚子江を下り、黄海に出て、日本へ渡来。肥後の前川(球磨川の分流)河口付近に上陸したという言い伝えがあり、熊本県八代市の八代城址付近には自然石でできた『河童渡来の碑』が建立されている。(『郷土資料事典』43)

各地の河童の話別ウインドウで開きます。

【麒麟】(きりん) 

中国古来の想像上の動物。

中国で、聖人が現れる前に出現すると云われ、形は鹿に似て大きく、尾は牛に、蹄は馬に似、背毛は五彩で毛は黄色、頭上に肉に包まれた角がある。生草を踏まず生物を食わないとされる。やがて、傑出した人物を喩えて言うようになる。麒麟児。我国ではジラフ(Giraffe)の訳語となった。 

一、麒麟と云ふは二字ともに同じ物か。騏リン(馬篇)とも又同か、如何。

牝をば麒と云ふ、牡をば麟なりと、順が和名には云へり。郭璞曰、麒似麟而無2角端1、似貊、角在2鼻上中1、作弓と云へり。この獣は虫をふみころさぬ故に、名2仁獣1。騏リン(馬篇)とかけるはおなじよみなれども、よき馬のたぐひなるべし。つのはしゝむらのつのにて、物をつく事をえねば、仁と云ふか。やはらかならば、ゆみにつくることおぼつかなし。牛の尾、馬のつめありて、つのゝさきに肉あり。つのあれども物をつく事をしらず、虫をふまず。是の故に仁獣なり。(『塵袋』四)

【天馬】(てんば)

天上界に住むという馬。駿馬の喩え。(『広辞苑』第二版)

[ギリシャ神話で]天空をかけるという、翼の生えた馬。ペガサス。(『新明解国語辞典』第三版)

我国にも、大陸から伝わったと思われる天翔る馬の話が有り、『今昔物語集』などには聖徳太子が「黒き小馬の四の足白き有り、其れに乗て空に昇て、雲に入て東を指て去給ぬ」と有る。

【ペガサス】(Pegasos) ギリシャ神話の有翼の天馬。メドゥサから生れ、ゼウスのため雷霆の運び手となり、蹄で地を蹴って多くの泉を噴出させた。一時英雄ペレロフォンの乗馬となったが、のち天に上って星座になったといわれる。ローマ時代には不死のシンボルでもあった。(『広辞苑』第二版)  

【人魚】(にんぎょ) 

上半身は人間で、下半身が魚の想像上の動物。(『広辞苑』第二版)

アンデルセンの童話『人魚姫』の物語で有名だが、これ以前に日本にも人魚の話は伝わり、若狭の船乗の娘が人魚の肉を食し「八百比丘尼」となった話もある。

また、アイヌの伝承にある「アイヌソッキ」という怪生物は、上体は人間で腰から下が魚とされ、人魚の姿そのもの。この生き物は噴火湾の海に住み、この肉を人間が食べると長寿を保つとされ、「八百比丘尼伝説」の人魚の肉と共通したものとなっている。

『武道伝来記』に、津軽の海に流れ着いた人魚の話があり、それによれば、「唐紅の鶏冠があり、面は美女の如く、四足は瑠璃をのべて鱗は金色に光り香り深く、声はヒバリ笛のように静かな音だった」という。(日野厳『動物妖怪譚』)

出羽の海に度々流れ寄った。その度に鎌倉幕府に注進、幕府が占わせると、兵乱の兆しありとして祈祷した事もある。(『北条五代記』/日野厳『動物妖怪譚』)

御浅明神の使者という人魚は、頭は人で襟に鶏冠のようなヒラヒラする赤いものがあり、その下は魚である。乙海村の漁師が櫂で打ち海に投じると大風が起こり海鳴りが十七日間続いた。やがて一月ばかり過ぎて大地震が起き、御浅岳の麓から海辺まで地が裂け、乙海村一郷が埋もれたという。(菊岡沾涼『諸国里人談』)

【竜】(りゅう) 

鱗虫の長とされる巨大な想像上の霊獣。

中国では鳳(ほう)・麟(りん)・亀(き)とともに四霊獣の一とされた。また、蛇形の鬼神で、仏法八部衆の一に数えられ、地上・空中・水中に住し、雲雨を自在に支配する力を持つとされる。

元は蛇をトーテム神とするクラン(氏族)が人首蛇身の神を祀り、それに様々なトーテム神を祀っていた周辺のクランがそれぞれの特徴を蛇神に付加・併合させ創られた神獣が龍とされる。それゆへ、龍には狗や馬、鹿、虎などの様々な特徴が現れるが、基本はもっとも有力なクランが祀っていた蛇神が元となった。こうして出来たトーテム神である龍をクラン神としたのが黄河中流域の中原で栄えた諸夏の民族で、以後、中国は西方、東方、北方からの異民族の支配を受けるが、文化的源流は保持され、それのシンボルとして龍があり、中国的とされる龍紋様が存続し続けていると、関一多はその著『伏義考』の中でトーテミズム的な観点から述べている。

【ドラゴン】(Dragon) 西洋の神話で、翼と爪を持ち口から火を吹く想像上の動物。爬虫類の形で表わされ、一般に暴力・悪の象徴とされるが、泉・宝物・女性を守護するという伝説もある。

[竜関連逸話]

竜を捕るといふ事

御府内繁花にて人気盛んなれば、昇竜など見しといふも邂逅の事也。国々にてはかゝる事度々ありし事也。予が佐州に居し時は、昇竜といふ様子を見侍りし。又佐州には竜損ととなへ、風雨之損之外、田畑の損じ、家作の損じを書出し候事時/\有りしが、越後・越前なども又竜損の事を唱ふる由、山崎宗篤へ咄しければ、宗篤、「此頃清朝より渡来之書の内、刑銭新語(寛政七年渡来の書『刑銭必覧』)といへる書を見しが、専ら経済の事を書たるものにて、右の内に竜の動静にて田畑を損ざし、家屋を破る事あり。依之竜を捕へ刑する事あり。其手法は、雪の降りし頃、蟄竜ある所は其所斗雪消て積らず、其所を見定めて檜の材木を土中へ深く打込みぬれば、竜損のうれひなしと、右書に見ゆる」よし語りぬ。予彼書は見ざれ共、一事の奇法に付、爰にしるしぬ。(『耳袋』巻之十) 

 

【狐】(きつね) 

本来は食肉目犬科のほ乳類で、我国の山野に多く生息する動物。

古来から、人を欺くとされている。また、稲荷神の使いともされ、稲荷社の門前にはその石像が有り、祀られている。

浅井了意の著した『伽婢子』に狐が美女に化け、人の精気を奪う話があるので参照ください。

狐関連の怪(別ウインドウ)各地の狐関連の怪をまとめてあります。   

【狸】(たぬき) 

食肉目の獣。東アジアに分布し、山地・草原に穴居する。

我が国では狐とともに人を騙すと言い伝えられる里山の代表的な獣。アナグマと混同され、狢ともいう。また猯(まみ)ともいう。

狸関連の怪(別ウインドウ)各地の狸関連の怪をまとめてあります。

【モモンガ】

齧歯目の獣。ムササビに似て混同されるが、小形で、飛膜の発達は悪く、尾は扁平。体は灰褐色で下部は白い。北半球の森林にすみ、常に樹上に生活し、若葉・樹皮・昆虫などを食う。夜行性。ホンシュウモモンガなど。ももが。ももんがあ。

着物をかぶって肘を張りムササビの翅を張った真似をして子供などをおどすたわむれ。 「柳からモモンガアと出る子かな」(一茶)人をののしっていう語。畜生。 辰巳婦言「勝手にしろエももんがあめ」(『広辞苑』第二版)

○摸々具和(ももんぐは) 毛美無佐々美(ももむささび)といふ獣、一名晩鳥、又野衾といふ、大さ毛色鼬鼠にひとしく、肉翅にして爪あり、これを張は翼となり、収れば足のごとく、蝙蝠に似たり、面長く鬚あり、尾七八寸ばかり、よく果実を喰ふ、手を以これを握る、鼠のごとし、昼は深山にかくれて夜出る夜行の人の炬松を翦てこれを消、その烟火をふく、よつて妖怪なりと、人これをおそる、本草にいふ所の壘鼠也、土人これを呼て、もゝんぐわと号、小児を怖のことは、これよりはじまる(『近代世事談』巻之五)

    

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