仏教教典

日本仏教とその宗派

仏教教典

般若経典(はんにゃきょうてん)

釈尊の教えは「縁起」の理であり、一切の存在は条件の調和によるという事を説いている。
一切の存在は、条件の調和による。宇宙も、地球も、個人の命も、心の動きも、人間関係も、事件もすべて。
条件の支え合いによって存在するものは、条件次第で変化する。変化しないものは何も無い。個人の命も、心も、人間関係も、すべて変化しつづける。それを「無常」という。
そうした存在のありようや条件や変化という特性は、個人のご都合ではない。個人の都合で人間になったり、男になったり、女になったり、美人になったりしたのではなく、生まれたら人間で、こんな能力で、こんな顔だったのである。あるものは気がついたら犬であり、ゴキブリだったのであろう。存在とは自分の都合と関係なく、自分の都合をさしはさむ余地はない。それを「無我」という。
こうした「縁起」「無常」「無我」なる存在の本性がものとなりものごととなって存在している。こうしたつかみどころのない今を存在している。それを「空」という概念で捉え直そうとしたのが『般若経典』といわれている。

維摩経(ゆいまきょう)

人は空にならなければならないと主張したもの。
維摩詰という居士(在家の男性仏教徒)が病気になり、釈尊が弟子に見舞いに行くように言うと、弟子達はそれを断った。理由を聞くと、たとえば「自分が座禅をしていると維摩がやってきて、『ただ沈黙しているだけでは座禅とはいえない。歩いていても何をしていても心に束縛がなく、しかも一切の行動の上に働き出す空の心こそ真の空である』といった。私はそれにこたえられなかったので、見舞いに行く事はできない」などと答えて断る。
こうした問答で、空になる事を説いて行くのが『維摩経』。

法華経(ほっけきょう)

仏のさとった縁起・空の真理は一切の人々(衆生)をつつんでいるのであるから、人は仏の命を生きているとし、仏の真理は永遠(久遠)のものであり、その命は一切衆生に働き出しているものであるから、それぞれその縁の場所で仏を見、仏に会い、仏を信じなさいと説く。
その理解のために、いくつかの別々に成立した経典を一つにまとめたものが『法華経』という経典となった。『観音経』も、その中に含まれたものの一つ。
『観音経』は、仏のさとりとそれへの出会いの不思議を語ろうとしたもので、インド西方にあった文化から、そこで信仰されていたシヴァ神(あらゆる方向に顔を向けた神)を取り入れたとされ、それが観世音菩薩となったといわれている。

華厳経(けごんきょう)

縁起・空という仏陀の教えは、すべての存在は支え合っている。であるから、我一人で存在しているというのは思い上がりで、間違いである。私の命からして、太陽熱と、水分と、ガスと、四十五億年のタンパク質の歴史と、栄養分、文化と、さまざまな条件の調和の所産で、それは宇宙的広がりをもって縁起してりるのであり、宇宙は網のように支え合っている仏の命であると説く。
この宇宙的縁起を毘盧遮那仏と表現し、意味は光明遍照(仏の光が遍く照らす)という事を現し、密教の大日如来と同じもの。

浄土経典(じょうどきょうてん)

仏のさとりは一切衆生を包み、人は仏のさとりの光明の中にいるのであるから、それにまかせよう。しかし、煩悩に汚れた人間が仏の光明におまさせするのであるから、そのためには仏の光明を感得し、勘当して精神の飛躍をしなくてはならず、そこで西方に沈む太陽を念じて仏と出会い、仏の浄土を信じようと説く。この浄土経典に『無量寿経』や『阿弥陀経』がある。
この阿弥陀という仏を考えるようになったのは、インドの神の影響という説や、メソポタミアのゾロアスター教の光の神アフラ・マツダーの影響であるという説が有り、はっきりしてはいない。この阿弥陀の光明を人々に働きかける役として、阿弥陀の脇侍に、観音と勢至の両菩薩がいる。

如来蔵経典(にょらいぞうきょうてん)

仏の悟った縁起・空の真理は仏の本性であり、無我無心の命の働きは、煩悩に染まる以前(不染汚:ふげんま)の働きであり、一切の衆生・物に溢れているのであるから、仏の呼びかけに共感共鳴するものである。その本性を「仏性」というのであるから、それを信じて行こうと説く。
「涅槃経」などがそれらの経典とされ、それを勝曼夫人を主人公にして教えを説くものを「勝曼経」といっている。これら仏性を主張する経典を、如来蔵思想という。

唯識論(ゆいしきろん)

人間の心がいかに染まり汚れているか、そして、その根底に汚染されぬ以前のいのちの心はどのように隠されているのかを研究したのが『解深密教』(げじんみっきょう)などの唯識思想の経典。
これは汚れた心の縁起(妄縁起)のしくみと、「阿頼耶識」という根本的意識の源を探って、人間の迷いと悟りの仕組みを解明しようとするもの。
この唯識思想は、心を観察して成立するが、こうした試みはインドには釈尊以前からヨーガ行者があり、その静寂な行によって身体と心をよく観察されていた。そのヨーガと仏教が影響し合って唯識思想は成立した。

禅定(ぜんじょう)

禅定門ともいい、禅宗の教え。
この禅定は、心身で「空」になりきる方法を確立したもので、ここでは経典は無く、むしろ言葉を超えることを主張する。
この禅の思想は、ヨーガの影響を受けて確立され、五、六世紀に成立したとされている。

密教経典(みっきょうきょうてん)

仏と人間との出会いは、人間の汚れた意識では捉えることはできない。従って、仏からの呼びかけは意識を超えた(秘密)ところで仏に包まれると主張する。こうした経典が『大日経』などの密教経典と云はれる。
この密教は、インドでヒンズー教が隆盛となって、それの影響で六.七世紀頃に成立したとされている。