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歴史地理・地名便覧
はじめに
五畿内七道六十八カ国(初め四畿内七道六十六カ国、明治期に北海道を加え八道八十国となる)を道ごとに北から順に記し、道内の旧国名は京から近い順にまとめ解説を付しました。さらに、隆慶作品に登場、あるいは記述されている戦国期〜江戸期の城、館名一覧を、また、寺院や社一覧、代官所、その他施設一覧を旧国ごとにまとめてあります。
ここでの[旧国名]の定義は、大化の改新で、新たに定められた国郡制により、国造が置かれた旧国制を分離・統合などで整備した国名をいい、以後、明治の廃藩置県まで我国で使われた地方国名のこと。当初、国の人口・耕地などで大・上・中・下国の四等級に別けられ、国司・郡司・里長が置かれ律令制での統治が図られた。ここで、大・上国の国司には従五位下に叙せられた守(かみ)を置き、その下に介・掾・目を置く四等官制、中国には正六位下、下国には従六位下の守が置かれ、介を欠く三等官制が布かれる。また、国司の任期は始め六年で、後に四年とされ国司が政務を行う場所を国衙、その地を国府と称した。
古代日本の呼び名(国名)
神話時代
殷馭盧嶋(おのごろじま)
『日本書紀』に有る日本列島誕生の元の島。殷(正しくは石篇)馭盧嶋は、伊奘諾尊(いざなぎのみこと)と伊奘冉尊(いざなみのみこと)が天上の天浮橋から矛を差し入れ、矛の先から滴った雫が固まってできたとされる。場所は不明。
この島に降り立った伊奘諾尊と伊奘冉尊の二神が、夫婦のちぎりを交わし生まれた最初の島が淡路洲(淡路島)とされる。しかし、それは胎盤だったことから、二神はこれを不服に思い、次に産んだのが大日本豊秋津洲(おおやまととよあきつしま)で、現在の本州(西日本)のこと。その次は伊予二名洲(いよのふたなのしま)で、これは四国。続いて筑紫洲(九州)を生み、隠岐洲、佐渡洲の双児を生み、次に越洲(北陸地方:東日本)を生んだ。さらに大洲(大島と名付けられた島は多数有り、どれを指すのか不明。山口県の屋代島という説が有る)、吉備小洲(瀬戸内海の諸島)を生み、大八州国(おおやしまのくに:日本列島の古称)と呼ばれるようになった。これらの洲ができる時に生じた潮の泡が固まって出来たのが対馬・壱岐島、その他列島周辺にある島々であると、列島の生成を『日本書紀』で説いている。
秋津洲(あきづしま)
『日本書紀』(神武記)に「国の状を廻らし望みて曰はく、「妍哉乎、国を獲つること。内木綿の真さき国と雖も、猶し蜻蛉(あきづ)の臀なめの如くにあるかな」とのたまふ。是に由りて、始めて秋津洲の号有り」と記され、秋津が蜻蛉からきたとある。
浦安の国(うらやすのくに)
『日本書紀』にある名。伊奘諾尊が名付けた名の一つ。平安な国の意。
大八洲国(おおやしまのくに)
『日本書紀』で、伊奘諾尊と伊奘冉尊が生んだ島々の総称。日本列島をいう言葉。
細戈の千足る国(くわしほこのちたるくに)
『日本書紀』にある名。伊奘諾尊が名付けた名の一つ。精兵の具備した国の意。
磯輪上の秀真国(しわかみのほつまのくに)
『日本書紀』にある名。伊奘諾尊が名付けた名の一つ。優れて整った国の意。
虚空見つ日本の国(そらみつやまとのくに)
『日本書紀』にある名。饒速日命(にぎはやひのみこと)が天磐船に乗って、上空から望んで名付けた名。
玉牆の内つ国(たまがきのうちつくに)
『日本書紀』で大己貴大神(おおあなむちのおおかみ)が名付けた名。美しい国の意。
豊葦原千五百秋瑞穂地(とよあしはらのちいほあきのみずほのくに)
『日本書紀』の中に記されている天神が伊奘諾尊と伊奘冉尊に告げた地の名で、このことから日本を「秋瑞穂国」あるいは「瑞穂国」と称することがある。
史書に現れた呼び名(国名)
邪馬台国
一、日本を野馬台と云ふは、野の馬の字など云はるべきことわりあるか、如何。
日本をばやまとの国と云ふ。必ず大和国一国にかぎらず、和国の惣名也。昔人山にすみけるが、をりのぼりに人の足のあとふみつけて見えければ、其よりやまあとのくにと云ひはじめたるとかや。和州の人代の始め、神武天皇此の国におはしてすみ給て、世を治め始め玉ひければ、殊に其の国を本としてやまとゝは云ふにこそ。やまとことばなるを、もろこしには野馬台とかきなしたるは、やまとのあて字也。まとばとは同ひゞきにかよふ。磨の字をば磨(ば)ともよむ如し。此のゆへにやまとのmさを馬(ば)とかけり。たちつてとは通音なるが故に、又やまとのとを台とかけり。をはりにいの字のあるは無用なれど、云ひゆがめたるならむ。
又は野馬槌(正しくは土篇)ともかく。又日本をば倭奴国とも云ふ。扶桑国とも云ふ。倭面国とも、東海姫氏の国とも名く。もろこしよりは東にあたる故也。姫氏と云へる心は、天照大神は女神にてをはしますゆへに、姫氏とは云ふにこそ。野馬台と云ふふみは、又神功皇后女帝之故云々。日本のゆくすゑになりゆくべきやうとおぼしき事を云へるふみなれば、くにの名を云ふか。宝誌和尚と申ける人のかき玉へる也。其の人は権化の高僧か。(『塵袋』一)
倭国
漢代以来、中国からわが国をいった称。また、日本の自称。徒然草「倭国は単律の国にて呂の音なし」(『広辞苑』第二版)
日本国内旧国名
五畿内七道
五畿内(現関西地区)
畿内は中国の古制で、王城を中心とする四方五百里以内の特別行政区をいい、我国では、奈良時代から称され、当初は山城、摂津、河内、大和の四カ国を称して四畿内といったが、後に河内国から和泉国が分離し五畿内となった。
『日本書紀』大化二年(646)正月朔日の条に、畿内の制定のことが見え、そこに東は名張の横河、南は紀伊の兄山、西は明石の櫛淵、北は近江狭狭波の合坂山を境に畿内とすることが記されている。この畿内五カ国の国次は、大和国が第一位とされていたが、平安京に都が移されると、山城国が第一位になった。
[『塵袋』にある畿内の記述]
一、畿内と云ふは、何なる心ぞ。
是に二の心あり。一にはかぎれるうちと云ふ心也。鄭玄曰、畿は猶限云々。しからば王畿のさかひをかぎれるよしなるべし。二にはちかきうちと云義也。畿は近の義也。王城よりちかき也。山城・大和・河内・和泉・摂津国をば五畿内となづくる也。ちかきくになる故へか。(『塵袋』一)
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七道
奈良時代に律令制の整備とともに作られた官道、およびその地域名。
東海道、東山道、北陸道、山陽道、山陰道、南海道、西海道の七道で、国府と国府をほぼ直線的に結んでいたといわれる。
七道は、唐の十道制を模倣したと考えられていて、「駅馬・伝馬の制」と呼ばれる交通制度のなかで、この七道は駅路(幹線道路)として駅馬を置くことを規定し、大路・中路・小路に分類している。七道のうち、大路は山陽道のみで、これは山陽道が外国使節(蕃客)来朝の道で、かつ外交を司る太宰府と京を結ぶ重要な道として捉えられていたためだろうとされている。また、蝦夷地だった東国に進出したことで、常に蝦夷との摩擦に対処しなければならぬ大和の政権にとって東山道と東海道は、軍事的に重要なものとして位置づけられ、中路とされた。そして、それ以外のものを小路と定めた。
畿内
(現近畿地方)
【山城国】【摂津国】【河内国】【和泉国】【大和国】
畿は、帝都に近い帝王直轄の地域の事で、中国では帝都より四方五百里以内の地をいった。
わが国では、歴代の皇居が置かれた大和・山城・河内・和泉.摂津の五ヶ国、即ち五畿内。和泉が河内から分離される奈良時代までは四畿内といった。
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東海道
(現東日本の大平洋側)
【伊賀国】【志摩国】【伊勢国】【尾張国】【三河国】【遠江国】【駿河国】【伊豆国】【甲斐国】【相模国】【武蔵国】【安房国】【上総国】【下総国】【常陸国】
畿内の東にあり、主として太平洋沿岸の国々(伊賀国、伊勢国、志摩国、尾張国、三河国、遠江国、駿河国、伊豆国、甲斐国、相模国、武蔵国、安房国、上総国、下総国、常陸国)の総称。また、諸国の国府を駅路で結ぶ七道の一つで、中路であった。古代道の道幅は中世や江戸時代のものより広く、比較的まっすぐに引かれた。中世にほとんどが廃れ、正確な道筋については諸説がある。
大和王権が成立し、国の版図を広げるにあたって、東の海路に沿った地域を東海道と名付けた。このため、成立当初は伊勢国、尾張国、三河国、遠江国、駿河国、相模国、総(ふさ)国、常陸国の国々を東海道と称した。東へ向う陸路の国々はもっぱら東山道と称されたため、信濃道(東山道の一部)の支道として甲斐国が、毛道(上野・下野)の支道として武蔵国があった。その後、律令制の整備と共に伊勢国から伊賀国、志摩国が分かれ、駿河国から伊豆国が分かれ、総国が安房国、上総国、下総国が分かれる。さらに交通も海路から陸路へと移行するに伴い、甲斐国、武蔵国が東海道に加えられ、現在の地域になる。
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東山道
(現滋賀県から東の内陸国と東北地方)
【近江国】【美濃国】【飛騨国】【信濃国】【上野国】【下野国】【出羽国】【陸奥国】
東日本の内陸を細長く走る地域名。近江国、美濃国、飛騨国、信濃国、上野国、下野国、出羽国、陸奥国の総称。また、都(京)と東山道諸国の国府を結ぶ官道の名でもあり、この官道は七道の中で中路とされた。
成立当初は、甲斐国、武蔵国も東山道に含まれていたが、後、この二国は東海道に編入される。
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北陸道
(現東日本の日本海側)
【若狭国】【越前国】【加賀国】【能登国】【越中国】【越後国】【佐渡国】
地域名。若狭国、越前国、加賀国、能登国、越中国、越後国、佐渡国の総称。また、これらの国々(現在の北陸地方)の国府を結ぶ官道を云い、小路とされた。
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山陰道
(現本州西部の日本海側)
【丹波国】【丹後国】【但馬国】【因幡国】【伯耆国】【出雲国】【石見国】【隠岐国】
古来の地域名。丹波国、丹後国、但馬国、因幡国、伯耆国、出雲国、石見国、隠岐国の総称。古くは山陰道(そとものみち)と呼ばれた。また、現在の山陰地方(中国地方日本海側と兵庫県並びに京都府の北部)にある国の国府を結ぶ官道であり、七道の中で小路とされた。
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山陽道
(現本州西部の瀬戸内海側)
【播磨国】【美作国】【備前国】【備中国】【備後国】【安芸国】【周防国】【長門国】
播磨国、美作国、備前国、備中国、備後国、安芸国、周防国、長門国の総称。「せんようどう」、「かげとものみち」とも呼ばれ、7世紀に設けられた地方名で、その中の国々の国府を結ぶ官道の名でもある。備前、備中、備後の各国は吉備国と呼ばれる一つの国であったが、後に三つに別けた。
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南海道
(現紀伊半島南部、淡路島、四国地方)
【紀伊国】【淡路国】【阿波国】【讃岐国】【伊予国】【土佐国】
古来の地域名。紀伊国、淡路国、阿波国、讃岐国、伊予国、土佐国の総称。また、南海道諸国の国府と都を結ぶ官道で、七道の中で小路とされた。
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西海道
(現九州地方)
【豊前国】【豊後国】【筑前国】【筑後国】【肥前国】【肥後国】【日向国】【大隅国】【薩摩国】【壱岐国】【対馬国】
豊前国、豊後国、筑前国、筑後国、肥前国、肥後国、日向国、大隅国、薩摩国、壱岐国、対馬国の総称。九州とその周辺の島々を指す。また、西海道諸国の国府と都を結ぶ官道の名でもあり、七道の中で小路とされた。
古代には豊前、豊後国を豊国(とよのくに)、筑前、筑後国を筑紫国(ちくしのくに)、肥前、肥後国を火国(ひのくに)と称した。
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蝦夷・琉球・その他の諸国
大和朝廷の権力が及ばない地域、および半島、中国、東南アジア諸国。ならびに関連する西洋(南蛮)諸国を中心にした地名。
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参考資料
『江戸時代』 大石慎三郎著 中公新書476 1977年発行 266p
『伽婢子』2 浅井了意著 江本裕校訂 東洋文庫480 平凡社 1988年発行 360p
『折たく柴の記』 新井白石著 羽仁五郎校訂 岩波文庫黄212-1 岩波書店 1976年20刷
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『郷土資料事典』11埼玉県「ふるさとの文化遺産」 人文社 1997年発行 259p 26?
『郷土資料事典』12千葉県「ふるさとの文化遺産」 人文社 1997年発行 239p 26?
『郷土資料事典』13東京都「ふるさとの文化遺産」 人文社 1997年発行 351p 26?
『郷土資料事典』14神奈川県「ふるさとの文化遺産」 人文社 1997年発行 229p 26?
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『郷土資料事典』16富山県「ふるさとの文化遺産」 人文社 1997年発行 151p 26?
『郷土資料事典』17石川県「ふるさとの文化遺産」 人文社 1997年発行 187p 26?
『郷土資料事典』18福井県「ふるさとの文化遺産」 人文社 1997年発行 163p 26?
『郷土資料事典』19山梨県「ふるさとの文化遺産」 人文社 1997年発行 147p 26?
『郷土資料事典』20長野県「ふるさとの文化遺産」 人文社 1997年発行 255p 26?
『郷土資料事典』22静岡県「ふるさとの文化遺産」 人文社 1997年発行 215p 26?
『郷土資料事典』23愛知県「ふるさとの文化遺産」 人文社 1997年発行 239p 26?
『郷土資料事典』24三重県「ふるさとの文化遺産」 人文社 1997年発行 235p 26?
『郷土資料事典』25滋賀県「ふるさとの文化遺産」 人文社 1997年発行 269p 26?
『郷土資料事典』26京都府「ふるさとの文化遺産」 人文社 1997年発行 343p 26?
『郷土資料事典』27大阪府「ふるさとの文化遺産」 人文社 1997年発行 195p 26?
『郷土資料事典』28兵庫県「ふるさとの文化遺産」 人文社 1997年発行 239p 26?
『郷土資料事典』29奈良県「ふるさとの文化遺産」 人文社 1997年発行 287p 26?
『郷土資料事典』30和歌山県「ふるさとの文化遺産」 人文社 1997年発行 235p 26?
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『郷土資料事典』32島根県「ふるさとの文化遺産」 人文社 1998年発行 187p 26?
『郷土資料事典』33岡山県「ふるさとの文化遺産」 人文社 1997年発行 167p 26?
『郷土資料事典』34広島県「ふるさとの文化遺産」 人文社 1998年発行 239p 26?
『郷土資料事典』35山口県「ふるさとの文化遺産」 人文社 1998年発行 207p 26?
『郷土資料事典』36徳島県「ふるさとの文化遺産」 人文社 1998年発行 159p 26?
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『郷土資料事典』40福岡県「ふるさとの文化遺産」 人文社 1998年発行 211p 26?
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『郷土資料事典』43熊本県「ふるさとの文化遺産」 人文社 1998年発行 187p 26?
『郷土資料事典』46鹿児島県「ふるさとの文化遺産」 人文社 1998年発行 175p 26?
『郷土資料事典』47沖縄県「ふるさとの文化遺産」 人文社 1998年発行 159p 26?
『京都府の歴史』 赤松俊秀・山本四郎編著 山川出版社刊 1985年2版11刷 324,98p 19?
『享和雑記』 三田村鳶魚編「未刊随筆百種」第二巻 中央公論社 1976年発行 446p
『甲州街道 日本橋から下諏訪』 斉藤利夫著 共伸出版 2005年発行 166p
『好色一代男全注釈』上巻 前田金五郎評注 岩波書店刊 1980年発行 454p
『好色一代男全注釈』下巻 前田金五郎評注 岩波書店刊 1981年発行 544p
『宿場』「日本史小百科」 児玉幸多編 東京堂出版 1999年発行 334p
『静岡県』改訂/郷土史事典21 杉山元衛著 昌平社 1982年発行 209,17p
『即事考』 竹尾善筑著 三田村鳶魚編「鼠璞十種」上巻 中央公論社 1988年再版 387p
『続日本の名城』 文化財調査会編 人物往来社 1960年発行 267,3p
『塵袋』1 大西晴隆・木村紀子校注 平凡社東洋文庫723 2004年発行 350p
『東海道人と文化の万華鏡』 中西進、小和田哲男他著 (株)ウエッジ 2003年発行 269p
『東海道中膝栗毛』上 十返舎一九作 麻生磯次校注 1985年14刷 336p
『浪華百事談』 「新燕石十種」第二巻 森銑三他監修 中央公論社刊 1981年発行 417p 20?
『日本街道100選』 杜山悠著 秋田書店 1971年発行 306p
『日本史 怖くて不思議な出来事』 中江克己著 PHP文庫 1998年発行 267p
『日本書紀』(一) ワイド版岩波文庫230 坂本太郎他校注 2003年発行 528p
『日本書紀』上 井上光貞監訳 中央公論社 1987年三版 787p
『日本書紀』下 井上光貞監訳 中央公論社 1987年三版 765p
『日本の古典』17「井原西鶴」 里見惇他訳 河出書房新社 1971年発行 344p
『風土記』 武田祐吉編 岩波文庫黄3ー1 1997年11刷 545p
参考としたサイト
「埋もれた古城」http://www.asahi-net.or.jp/~ju8t-hnm/
「城郭図鑑」http://joe.ifdef.jp/
フリー百科事典『ウィキペディア (Wikipedia)』

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